2-3. 逃走劇
「あのガキ……大人をなめるのもいい加減にしなさいよ……!」
女性、或いはシスターらしからぬ気品の無い発言をして、レミリアは駆け出した。
それを見てニヒルな笑みを浮かべた子供は右に曲がって路地裏に入った。数瞬遅れてイヴァンとレミリアも入っていく。
「レミリア、足速いのね」
走りながらイヴァンは訊ねる。どうやら息は上がっていないようだった。
「シスターは日々鍛錬を積んでいるから、まぁこれくらいは……ね」
対してレミリアは若干ではあるが、息が上がっていた。どちらかといえばレミリアはイヴァンのペースにどうにかついてきている……そういう感じに見て取れる。
路地裏に入ると、そこは袋小路だった。しかし、突き当たりには少し高い金網があるだけだった。
そして、あの子供はイヴァンたちを見下ろすようにその金網の上に立っていた。
「おい、そこのあんた! 大人を見下すと酷い目にあうぞ!」
もはや普段の口調とは似ても似つかないそれになっていたレミリア。
それを聞いた子供は悪戯っぽく笑みを浮かべて、
「だったら捕まえてご覧よ、おばさん」
そして子供は金網を越えていった。
「おばさん……ですって? 私はまだ十六よ……!」
どうやらさっきの言葉が最後の引き金になったらしい。
レミリアは大地に手を向け、叫んだ。
「『エアー・ロック』!」
その叫びと同時に彼女は浮かび始めた。
いや、正確には彼女が岩のように固められた空気の上に乗り、それの操縦をしているのだ。
「イヴァン、乗って!」
その言葉を聞いて、イヴァンは慌ててレミリアの手を取った。
「げげっ、まじかよ! まさかあれほどまでに高度な魔法を使えるなんて!」
子供はそれを見て驚いていたが、しかし捕まるまいと走っていく。
レミリアとイヴァンも金網を越えて、その子供を追いかけていく。
ここでイヴァンはある異変に気が付いた。
「ねぇレミリア。……なんかさっきから雰囲気が変わってないかなぁ?」
「雰囲気? どういった感じにだ」
「なんというか」
イヴァンは自分の服の袖を掴み、少しだけ俯いた。
「……あんまり近付きたくない雰囲気だと思う」
◇◇◇
自由には必ず代償が存在する。それは光が在るところに必ず闇が存在するように。
そしてそれは、この自由の街と謳われている場所でも変わらない事実であった。
このレスポークという街は円形に出来ている街である。諸般の事情により真円ではないが、殆ど真円といって過言ではない。
その円の外殻を為すのが、彼女たちがやって来て宿屋を取っている場所――普通の人が知る『レスポーク』の姿である。
だが、レスポークはその円凡てがそうである訳ではない。光在るところには、必ず闇が存在するのだ。
通称『裏街』。外殻に住む人間は内殻のその場所をそう言って蔑むことが多い。
そこは所謂暴力が支配する場所であった。暴力により何もかもを奪い取る――それが裏街のルールのようなものだった。
裏街の人間が外殻に出ることは良くあるが、見つかってしまうと厳しく罰せられる。だが、裏街ならば何をしたって構わない。どんな法を、ルールを無視したって構わない。
そんな『何でもあり』な場所。それが裏街であり、自由の街レスポークの持つ闇だった。




