聖女の願い
ちょっと暗めなので、苦手な方は読むのをお控えください。
「それではお休みなさいませ」
侍女は手本のようなお辞儀をすると、静かに扉を閉めた。
ベッド脇に行儀よく座り、侍女の足音が遠ざかるのを確認すると、部屋の主であるリハナ=サハラはベッドに勢いよく倒れこんだ。
無理矢理、この城に連れてこられ早五年。
瞼を閉じれば見えるのは朧気な故郷の面影。
年々思いだせなくなる故郷へ思いを馳せて泣きそうになりながら、リハナは倒れこんだまま外を眺めた。
一番景色がいいからとあてがわれた部屋は、天井から床までの一面硝子張りで、外は見渡す限りの木々と花々が綺麗に植えられている。
夜は灯りがともされ、見る人を楽しませてくれるその景色は、しかし、彼女の心には何も訴えてこない。それどころか逆に整頓された庭に寂しさを募らせるばかりだった。
リハナ=サハラが聖女としての印を授かったのは十四の歳だった。聖女は額に印が表れると昔から言われていたが、それはお伽噺と同じくらい実際にはあり得ないものだと考えられていた。だから朝に鏡でその印を見たとき、リハナは寝ているときにぶつけてアザができたと思った。
しかし、擦っても消えない。
「変なアザができてたー」とちょっと不機嫌に世間話として親に言えば、それを見た家族が大騒ぎし、昼には村中に広まり、三日後には本神殿の神官が判別しに来るという事態にまで発展した。
最初は「身内から伝説の聖女がでるなんて」と喜んでいた両親や兄だが、引き離されると知り、必死で城からの遣いに文句を言っていた。最後に見た両親と兄の目は赤くなっていたと、リハナは今でもそれは覚えていて泣きそうになる。
それからもう五年。
会うことのできない家族とは月に一回の手紙のやり取りだけ。兄は昨年に結婚し、今は奥さんのお腹に新しい命がいると先日届いた手紙に書いてあった。
リハナはその手紙をみて落ち込んだ。
奥さんになったのはリハナが仲良かった女の子。
結婚、妊娠はリハナが失ったものの一つ。
聖女は失うものの方が多かった。
友達は兄と素敵な恋愛をして結婚して、次に繋がる命を宿した。両親にも友達にも祝福され、幸せな人生を歩むことだろう。
それに比べ自分は。とリハナは思う。
朝起きて、祈り、神についての伝承を聞き、聖女の在り方を説かれ、チクチクと嫌味を言う大神官と話、時には民の苦しみを聞き夕刻まで過ごす。
得たのは国の安泰と民の安らぎ。失ったのは、リハナ=サハラという一人の平穏な一生。
だから、聖女こそが国の安泰と民の安らぎを一番願ってはいない。それよりも自分の人生を返してほしかった。
でも実際、戦になり国が荒れればリハナは後悔するだろう。
だから、逃げ出すこともせず、淡々と日々を過ごす。
夜になり、眠る時に懐かしい過去の自分の生活を思い出し、今の鳥籠生活に落胆し、聖女は泪を流す。
庭を照らす淡い光を見ながら、悲劇のヒロインみたいだと思いつつも願わずにはいられなかった。
人工的な光でも希望だと思ってすがりつきたかった。
もしも願いが叶うなら
「帰りたい……帰りたいよ」
その願いは叶うはずないのに。