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奇怪島  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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エピローグ

 AIを停止させた翌日──




 いつも通り、ヘリコプターは着陸した。ドアが開き、四人の男たちが降りてくる。これまた、昨日と同じだ。

 しかし、島の様相は一変していた。あちこちの木々が、力ずくで引っこ抜かれたかのような感じで無造作に放り出されている。草花は散らばり、土はほじくり返されていた。

 そんな中、ペドロは普段通りの落ち着いた態度であった。降りてきた男たちに向かい、にこやかな表情で口を開く。


「この有様を見てわかる通り、実験は終了だ。被験者の大半が死亡、AIは機能を停止した。この状況では、俺が島に残る意味はない」


「高橋公生はどうなった?」


 ひとりの男が尋ねた。まだ若く、ペドロへの態度も傲慢なものだ。

 それでも、ペドロは丁寧に答える。


「最後に見た時、彼は海に落ち波に呑まれ見えなくなっていたよ。しかし、彼は死んでいない。どこかで生きている。これだけは断言してもいい」


「わかった」


 答えた若者を、ペドロは冷ややかな目で見つめた。

 少しの間を置き、再び語り出す。 


「この島は、遺伝子操作によって産み出された植物により環境が成り立っている。意のままに動かせる植物とは、恐れ入ったよ。それとAIを組み合わせ、無人の収容所とする……アイデア自体は悪くない。AIには、人命尊重という意識が欠片ほどもなかったが、被験者の大半が死刑囚という事実を考慮すれば、まあ目をつぶれるラインではあった」


 そこで、ペドロの表情が変わった。


「しかし、この島に普通の高校生である高橋公生くんも来てしまった。AIにとって、公生くんは完全なる異分子だ。彼が、なぜここにいるのかわからない。さらに、凶悪な死刑囚が次々と死んでいく中、ひ弱な彼は生きぬいてしまった」


 ペドロは、ゆっくりと語っていく。

 若者が、苛立った様子で何か言いかけた。しかし、年かさの男がそれを制した。


「この事態は、AIにとって完全に解析不能であった。やがて、AIはとんでもない結論を導き出した。残っていた俺と公生くんを殺そうと攻撃してきたのだよ。どのような思考プロセスで、そんな結論に至ったかは不明だ。しかし、理由はどうあれ気に入らないな。君らはなぜ、俺に彼のことを秘密にしておいたのかな」


 そこで、ペドロはニヤリと笑った。


「上層部は、こうなることを初めから予測していたのではないかな? 島のあらゆる事態を把握し管理するAIと、この世のコトワリの外にいる公生くん。この両者が出会った場合、果たして何が起こるか……AIは、公生くんを破壊しようとする。それがわかっていて、何の説明もなく俺を観測者として送り込んだ」


「何が言いたい!?」


 若者が、銃を構え怒鳴りつけた。すると、ペドロは答える。


「気に入らないな」


 直後、ペドロは動いた──


 零コンマ数秒遅れて、男たちも反応した。若者が銃口をペドロに向け、ゴム弾を発射する。しかし、ペドロは右手をぶんと振った。動きは無造作で、群がる虫を払うようなものだ。

 ほぼ同時に、発射されたゴム弾が弾きおとされる。ペドロは、弾丸を素手で払いのけたのだ。

 接近したペドロは、手近な男の防弾ベストを掴む。

 次の瞬間、男はくるりと一回転した。体操選手がバク宙するように空中で宙返りし、そのまま地面に倒れたのだ。

 ペドロは、息つく間もなく残りの男たちに襲いかかる──




 闘いは終わった。

 四人の男たちは、全員が地面に倒されていた。呻いてはいるが、死んではいないらしい。

 一方、ペドロは涼しい顔で言い放つ。


「気に入らない、が……君らのおかげで、俺は公生くんと出会うことができた。それに関しては礼を言おう。あと、申し訳ないが公生くんについてのデータをもらえるかな?」

 

 ◆◆◆


 ○月○日


 本日、高橋慶彦の運転する車がスリップにより崖から転落、二十メートル下に落下。高橋慶彦は、同乗していた妻の君枝ともども死亡。車は大破し、両者の遺体は原型を留めていなかった。

 ただし、息子の公生は無事に生存。以下は、当時救助に当たった隊員の言葉。


「いや、本当に信じられませんでした。車の中の座席が変形していたんです。あの少年を守るかのように、繭のような形になっていたんですよ。あれのおかげで、公生くんは数カ所の骨折程度で済んだんです。私も長らくこの仕事をやっていますが、あんなものは見たことがない」


 ○月○日


 本日、高橋公生のトラック接触事故を確認。

 学校から帰る途中、トラックに当てられ跳ね飛ばされる。トラックは、そのまま走り去った模様。いわゆる轢き逃げ事件であるが、公生はそもそも接触事故すら記憶になかったらしく、そのまま立ち去っていった。 


 ○月○日


 本日、最後のテスト。スナイパーライフルによる高橋公生の狙撃を試みる。

 しかし、弾丸は偶然に飛んできたカラスに命中。公生は、何事もなかったかのように立ち去る。

 これでわかった。彼こそが、我々の求めていた実験に相応しい存在なのだ。

 一週間後、あの島に高橋公生を送り込む。


 ◆◆◆


 静かになったな。

 島を覆っていた、あの歪な秩序は消え去ったらしい。草木は動かず、風が吹いている。AIは沈黙し、この島はようやく「自然」に戻った。

 そう、最初は自然など存在していなかった。




 高橋公生くん。

 君は今頃、本土にいるのだろう。自分が助かった理由も、なぜ生きているのかも、何ひとつ理解しないままね。

 それでいいんだ。理解しないからこそ、君はここまで生き延びた。


 思い返せば、奇妙なことばかりだった。致死的な配置、避けようのない連鎖、確率的には死しかない状況。それらが、ことごとく君を外していく──

 木は倒れたが、君の立つ位置だけを避けた。

 石は落ちたが、軌道が僅かに逸れた。

 人は死んだが、君の番は来なかった。

 偶然? もちろん、そう説明することもできる。だがね、偶然も連続すると違うものになる。必然だ。

 AIは、気づいてしまった。おそらくは、俺よりも後にね。そう、この島の管理者は、君を「異物」と認識した。

 だから殺そうとした。

 だが、殺せなかった。


 理解できないものに直面した時、知性は時として狂うことを選ぶ。AIが発狂したのは、感情のせいではない。

 論理が破綻したからだ。


 君は、世界の想定より少しだけ外側にいる。ほんの数ミリ、確率の隙間にね。

 本来なら死んでいた未来を、まるで無意識に踏み外し続けている。

 それを能力と呼ぶかどうか、それは置くとしよう。重要なのは、君が自分の力を知らないことだ。


 自覚した力は、対策される。

 意図した奇跡は、必ず潰される。

 だが、無自覚な現象は、誰にも止められない。


 だから君は、これからも生き続けるだろう。

 死神の手をことごとく逃れ、理由もわからぬまま死線を超えてしまうのだろうね。


 俺はね、人間を理解したと思って生きてきた。嘘、恐怖、快楽、罪悪感……その全てを分析し、分解し、掌握したつもりでいた。

 だが、君だけは理解できなかった。理解できないからこそ、興味がある。興味があるからこそ、確かめたい。


 本当に、君は死なないのか?

 世界は、どこまで君を許すのか?

 それとも、いつかは俺が例外になれるのか?


 君は、まだ生きている。今は、つかの間の休息を楽しみたまえ。

 だが約束しよう。次に会う時、俺は全力で君を殺しに行く。偶然も、確率も、運命も、全てを超えて見せるよ。

 それでも生き延びたのなら……その時こそ、俺は君という存在を理解できる気がする。




 そろそろ行くとしようか。俺の役目は、終わったことだしね。

 だが君の役目は、まだ終わっていないと思う。俺も、このまま終わらせるつもりはない。







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