島の正体
公生は、必死で逃げていた。
先ほどは、百目鬼に襲われ押し倒された。が、そこで苦しみ出し、悶え始めた。同時に、彼の体が離れる。
何が起きたのかはわからない。ただ、チャンスと思い逃げ出したのだ。
やがて、公生の足が止まる。どのくらい走ったろうか。振り返ると、百目鬼の姿は既に見えなくなっている。
ホッとして、その場に崩れ落ちた。と、そこで声が聞こえてきた。
「公生くん、呑気に座っている場合ではないよ。状況が変わった」
ペドロの声だ。公生は、慌てて立ち上がる。
「ど、どこに行ってたんですか! 僕は、百目鬼に襲われたんですよ! 殺されるかと思いました!」
「大丈夫だ。彼は死んだ。しかしね、今から恐ろしい敵が来る」
「へっ?」
公生は、間抜けな声を発していた。
だが、それも仕方ないだろう。彼は、状況が全く飲み込めず完全に混乱していたのだ。先ほどは、百目鬼に殺されかけた。やっと逃げ出したと思ったら、今度は恐ろしい敵ときた。
そんな公生に向かい、ペドロは淡々と語り続ける。
「空気が変わった。島の処刑人が、俺たちをターゲットに決めたらしい。こうなった以上、取るべき手段はひとつ。島の機能を停止させるしかない」
「な、何ですかそれ?」
「説明している暇はない」
言った時だった。突然、ペドロが公生を引き寄せる──
直後、拳大の石が飛んでいった。凄まじい速さで、ペドロと公生のすぐ横を掠める。当たっていたら、怪我では済まないだろう。
唖然となっている公生だったが、異変はそれだけでは終わらなかった。今度は、頭上から何かが降ってきた。大量の木の葉と、鋭く尖った枝だ。
ナイフのような形状の枝が、続けざまに落ちてくる──
「うわあ!?」
思わず叫んだ公生だったが、ペドロは冷静そのものだった。立ち止まったまま、枝を避けようともしていない。
枝は、全てペドロの周囲に突き刺さっている。当たれば、命を奪われても不思議ではない。ただし、彼には傷ひとつ付けていない。無論、彼のすぐそばにいる公生にも当たっていない。
なんて凄い人なんだ──
公生は、こんな状況であるにもかかわらず感動していた。ペドロは、落ちて来る枝の軌道を一瞬で見切り、動けば刺さると判断し、あえて動かなかったのか。
もしペドロのそばにいなければ、自分は死んでいた……公生は、ペドロに対し信仰心のようなものすら感じていた。
その時、ペドロが口を開く。
「攻撃が止んだ。おそらく、奴も混乱しているのだろう。こんな相手は、完全に計算外だろうからね」
何を言っているのか、公生にはよくわからなかった。だが、わかったこともある。今までのものは、人為的な攻撃らしい。
「ひょっとして、今のが処刑人なんですか?」
「ああ。これが処刑人の正体だよ。島そのもの、なのさ」
「島そのもの?」
「そうさ。この島は、AIによって支配されている」
ペドロが答えた時、さらなる異変が彼らを襲う。今度は、大木が音を立てて倒れてきた。それも一本ではない。目の前に生えている数本の木が、立て続けに倒れて来たのだ。
そんな中、ペドロは驚くべき行動に出る。公生を抱きかかえたかと思うと、この異常な事態をものともせず進み出した。
たちまち、ふたりめがけて木が倒れて来る──
「そんなぁ! ちょっと止まってくださいよ!」
悲鳴をあげる公生に構わず、ペドロは前進していく。倒れてくる木は、全て紙一重のところで外れていった。当たる寸前で軌道が変わり、ふたりを避けていったのだが、公生にそれは見えていなかった。
今の公生は、もはや何もわからなくなっていた。島に生えている木が、次々と倒れて来る……こんなことを、AIがしているというのか。
何のために?
「なんなんですかこれ!? AIがやってるんですか!?」
叫んだ公生に、ペドロはそっと答える。
「そうさ。ここまで派手なことをやるとは、俺も聞いていなかったよ。この状況から見るに、AIは故障してしまったらしい。おそらく君のせいだ」
「僕の!?」
公生が言った時、今度は地面に変化が生じる。周囲の土が、凄まじい勢いで盛り上がって来たのだ。土は、ふたりを呑み込もうとすべく襲いかかる……はずだった。
しかし、土は停止する。見えない壁に遮られているかのように、ピタッと止まっているのだ。
直後、土の波は一気に崩れていった──
「な、何ですかこれ!?」
叫んだ公生に、ペドロが冷静に答えた。
「どうやら、限界が来たらしい」
「限界?」
「そうさ。この島の土や植物は、全て特殊なものなんだよ。島のAIが発する電波により、植物や土を動かすことが可能だ。ここは本来、AIが管理する無人の監視所として使われる予定だった……らしい」
聞いている公生は、さらに混乱してきた。話があまりにも非現実的すぎて、ついていくのがやっとだ。
「じゃあ、これは全部AIがやったんですか?」
「そうだよ。しかし、ここまで大規模な現象を起こしたのは初めてだったのだろう。やり過ぎたためオーバーヒートしたらしい。言ってみれば、攻め疲れを起こした状態だよ。したがって、今は何もできずにいる」
「じゃあ、もう大丈夫なんですか?」
「いや、大丈夫ではないな。いずれは、攻撃を再開すると思う。なので、今のうちに機能を停止させる。ついて来たまえ。俺のそばから、離れるんじゃないよ。これは命令だ」
「は、はい!」
言われなくても、公生はペドロのそばを離れようとは思わなかった。何せ、今までの攻撃を躱してのけたのは、ペドロがいたからなのだ……と信じていたからだ。
公生は、ピタッとペドロの横についた。そのまま、彼と共に歩いていく。
島の地形は、今や完全に様変わりしていた。あちこちが歪み、木はバタバタと倒れ、草花はあちこちに散乱している。
そんな中を歩いていた公生だったが、突然その足が止まった。少し離れた位置に、全裸の男が寝ているのだ。
「あ、あれ何ですか?」
思わず尋ねた公生に、ペドロは面倒くさそうな様子で答える。
「あれは沖田くんの死体だよ。土に埋まっていたものが、今の騒動で掘り起こされた形になったようだね」
「えっ? 沖田さん?」
公生は愕然となった。沖田といえば、ペドロに喧嘩を売ったものの相手にされなかった若者ではないか。
二日ほど前に「処刑人」に殺され、死体はどこかに消えていたはずだ。
その死体が、今になって出てくるとは……。
沖田の体は、既に変化が始まっていた。皮膚は黒ずんでおり、映画のゾンビのようである。腹は異様に膨らんでおり、気のせいか異臭が漂っているような気もした。
そんな死体をじっと見つめていた公生であったが、ペドロに腕をつかまれた。そのまま、ぐいっと引きずられていく。
「あんなものを見ている時間はない。今は、AIの機能を停止させなくてはならないのだよ。早くしたまえ」
「す、すみません」
やがて、ふたりは奇妙な場所に来た。
小高い丘のような場所に、金属製の扉が設置されている。あまりにも場違いであったが、ペドロは何のためらいもなく扉を開けた。
途端に、けたたましい警告音が聞こえてきた。室内で鳴り響いているらしい。公生は思わず耳を塞ぐが、ペドロは音を無視して中へと入っていく。公生も、入っていくしかなかった。
そこは、緑に塗り込められた島とは真逆の、無機質な銀色の世界だった。
巨大な真四角の部屋。ひとつの壁には、複数のモニターがびっしりと埋め込まれている。 まるで昆虫の複眼のようであった。
部屋の中央には、円形のテーブルが設置されている。どうやら、タッチパネルになっているらしい。
テーブルには、文字が表示されていた。公生にも、はっきりと読み取れる文字だ。
ワタシハ コワイ
ワタシハ コワイ
ワタシハ コワイ
ワタシハ コワイ




