柳沢の告白(3)
柳沢の話は続いていた。
「判決が出てから、五年が過ぎた。私の死刑は確定し、あとは執行の日を待つだけだった。だがね、月日が経つうちに、私も変化していったんだよ」
言った後、柳沢の表情も変化した。ここからは、苦しいというよりも、ただただ語りたくない部分に踏み込むことになるようだった。
公生は、そっとペドロの方を見た。言いたくなければ、言わなくていい……彼が、そう言ってくれることを期待したのだ。
しかし、ペドロは柳沢のことなど見ていなかった。何やら真剣な表情で、森の木々や土をチラチラ見ている。いったい何を考えているのだ? と思った時、柳沢はようやく話を再開した。
「私はね、生きたいと思うようになってきたんだ。死刑になることを覚悟して……いや、むしろ死刑になることこそが望みだった。私のような人間は、死ぬべきだと思っていた」
いや、それは仕方ないだろう……と公生は心の中で呟いた。
そもそも、死刑が確定してから五年は長すぎるだろう。刑が確定したなら、さっさと執行すればいいのだ。なのに、五年も放っておくとは、どういうことなのだろう。
それでは、拷問ではないか──
その時、ペドロが口を開く。
「公生くん、日本では死刑が確定してから、刑が執行されるまでの期間が長いのだよ。執行まで五年待たされることなど、珍しくもなんともない。二十年や三十年待たされた死刑囚もいるそうだからね」
まるで、公生の心の中を読み切ったかのような言葉だった。公生はゾッとなると同時に、改めてペドロの凄さと恐ろしさを思い知らされた。
一方、柳沢は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「その通り。さすがペドロさん、よくご存知ですね。そう、私は五年もの間、拘置所の独房で生きていた。朝、廊下で足音が聞こえる度、今日こそ自分の番か……と怯える日々だった。ところが、どういう巡り合わせかは知らないが、この島に来てしまった」
そこで、柳沢の表情が歪む。
「私はね、助かるかもしれないと思ってしまったんだよ。ひょっとしたら、何らかの理由で死刑を免除になり、この島で寿命が尽きるまで暮らせる。そんな刑に変更されたのではないか、と思っていたんだ。なんてひどい男なんだろうね」
直後、柳沢の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「私はね、生きながら鬼と成り果てたんだよ。この手で、五人の人間を殺した。生きる資格などない、そう思っていた。なのに、生きたいという欲が出てきた……私は、奴らよりも醜悪な生き物になってしまったんだよ」
その声は震えていた。
ここまで聞いていた公生には、何も言うことができなかった。人間である以上、生きたいと思うのは当然のことではないのか。
確かに、五人の人間の命を奪った……これは悪だ。擁護できない完全な悪行だ。それでも、公生には柳沢を憎むことはできなかった。
今、目の前にいる殺人犯の柳沢は、己を責めている。心の中に「生きたい」という気持ちが生じたことで、自分を恥じている。その気持ちに対し、公生はどんな言葉をかければいいのかわからなかった。
その時、ペドロが口を開く。
「柳沢さん、ひとつ教えてあげよう。誰の心にも、悪魔が潜んでいる。ほとんどの人間は、その存在すら意識したことはない。無意識のうちに、自分は善人だと信じ、犯罪者を厳しく断罪する。実に愚かなことさ。その犯罪者を断罪する行為が、彼らにとっての麻薬のようなものなのだろうね」
そこで、ペドロは柳沢の肩に触れた。
「あなたは、自分の心に潜む悪魔と対面し対話した。それだけでも、世間に溢れている愚かな大衆とは一線を画した存在なのだよ。自分の中に潜む悪魔の存在に気づき、認めること……これが、人間をさらなる高みへと導く第一歩さ」
聞いている公生は、背筋が寒くなるような感覚に襲われていた。思わず、それは違うんじゃないですか? と言いそうになった。
だが、寸前のところで言葉を押し留めた。確かに、自分の中にも悪魔が存在している。嫌いな人間が、ひどい目に遭えばいい……そんな風に思ったことは、一度や二度ではない。
もし罪にならなかったとしたら、嫌いな者を殺すのだろうか? その問いに、公生はNOと言い切ることはできなかった。
人間の心の中に、悪魔は存在するのかもしれない。いや、存在するのだ。それを認めるのは仕方ない。
だが、ペドロの口ぶりだと……まるで、悪魔そのものになれと言っているような気がする。
そして、続いて放たれたペドロの言葉は、公生の危惧が正しかったことを証明していた──
「あなたは今、言ったね。私は生きながら鬼と成り果てたのだ……と。本気で、あなたが鬼と成り果てたと信じているのなら、人間の定めた倫理や法律や善悪などという観念に従う必要があるのかな。俺は、ないと思う」
そこで、ペドロはニヤリと笑った。ゾッとするような笑顔だった。
横で見ていた公生は、思わず顔を歪めていた。ペドロの言うことは、本当に恐ろしい。法も倫理も無視して生きろ、と言っているのだ。
そして、公生はペドロの言葉に反論できなかった。柳沢のような人間は、そうやって生きる以外の道はないのかもしれない。
しかし、何か釈然としないものもある。この男の言葉に、両手を挙げて賛成してはいけない……いや、したくないと思っている自分もいた。
その時だった。突然、ペドロが公生の腕をつかむ。
直後、柳沢に向かい会釈した。
「ちょっと急用ができた。失礼するよ。あなたとの会話は面白かった。公生くんにとっても、一生の財産となりうる時間だったよ。本当にありがとう」
そう言うと、唖然となっている柳沢を残して歩き出した。
公生もまた、ペドロに引きずられるような形で歩いていた。いったい何が起きているのかわからないが、ペドロがここから離れたがっているのは間違いない。
「ど、どうしたんですか?」
慌てて尋ねた公生に、ペドロはとんでもないことを囁いた。
「処刑人が動き出した。おそらく、標的は柳沢さんだろう」
途端に、公生は振り返った。だが、柳沢は既に視界から消えていた。生い茂る木々が邪魔して、見ることができない。生きているのか死んでいるのか、それすらわからなかった。
「言わなくていいんですか!?」
引きずられながらも、公生はどうにか尋ねた。しかし、ペドロの答えは非情であった。
「言ったところで、何もならないよ。柳沢さんは、処刑人に選ばれてしまった。こうなると、もはや死は避けられない。ただ、彼は死ぬ前に遺産を残してくれた」
「い、遺産?」
「そうさ。彼は、自分の偽らざる心境を君に語ってくれた。平凡な十六歳の高校生が、ひとりの死刑囚と対話した……これはね、何ものに替えがたい貴重な体験だよ」
「そうですか……」
公生は、もう一度振り向いた。無論、柳沢の姿を見ることはできない。
柳沢とは、これきり会うこともできないのだ。ただ、彼の言った話は公生の心に爪痕を残してくれた。大きな爪痕だ。
この先、何年たっても柳沢と話した時間を忘れることはないだろう……そう思っていた時、ペドロの口から奇妙な言葉が出る。
「ようやくわかってきた。君には、とても不思議なところがある。普通の高校生では、有り得ない部分だ。どうやら、君は本当に選ばれて島に招待されたらしい」
「それって何ですか?」
「そうか、君は気づいていないのか。もし、君が最後まで生き延びられたら、教えてあげるよ」
◆◆◆
先ほど、被験体Yの自殺未遂を確認。
自殺未遂は、島内で重大な問題行動。他の被験体に悪影響を及ぼす可能性も微存。事実、被験体TはYに深く同情しており影響が懸念。Tは若く、思想に影響されやすい年代。
以上を踏まえると、Yは早急に削除。




