柳沢の告白(2)
柳沢は、一息つくと再び語り出す。
「私は、妻と娘を失った。私にとって、最愛の存在だった。それらを、僅かな期間で失ってしまった。だからこそ、私は決めたんだ。奴らにも、同じ目に遭ってもらおう……とね」
同じ目って、どんな目だよ? などと公生が考えている間にも、話は進んでいく。
「娘を襲った犯人の名前や居場所は、既にわかっていた。ご丁寧にも、三人全員がSNSをやっていた。生活の全てを、向こうから教えてくれたよ。私は、ただ待つだけだった。待っていれば、どんどん情報が入ってきたよ」
そこで、柳沢は歪んだ笑みを浮かべる。だが、それは一瞬で消えた。
「雅美が亡くなってから、十年が経った日……私は、かねてからの計画を行動に移した。三人のうち、ふたりは既に妻とひとりの子供がいた。ひとりは妻がいるだけだった。私の妻と娘の命を奪っておきながら、奴らはのうのうと家庭を持っていたんだよ」
聞いている公生は、思わず顔をしかめていた。
その三人は、ひとりの女性を乱暴しておきながら、何事もなかったかのように就職し家庭を築いていたというのか。それは、全く理解できない心境だ。
だが、その三人の人生観と同じくらい理解できないことがある。柳沢は、復讐のために十年も待ち続けたというのか。
公生は、現在十六歳である。これまでの人生で、嫌いな人間を数えれば十人近くはいる。そいつらを、ひどい目に遭わせてやりたい……という気持ちも、ないわけではない。
だが、そいつらへの憎しみを十年も持続できるだろうか。少なくとも公生は、十年前の出来事など、ほとんど覚えていない。嫌なことともあったな、という程度だ。
やはり、この柳沢は異常なのか。それとも、おかしいのは僕の方なのか……などと公生が思っている間に、話は佳境に入っていく。
「私は、奴らの妻と子供をこの手で殺した。その後、警察署に自首した。裁判は滞りなく進み、私は死刑を言い渡された。弁護士の話では、私はマスコミから散々に叩かれていたらしいよ」
その時、公生は黙っていられなくなった。そっと尋ねる。
「あの、相手のしたことを裁判で言わなかったのですか?」
「最初は、言うつもりはなかった。言ったところで、何もならないからね。だが、弁護士がしつこかった。たとえ死刑を回避できなくても、この事実は公表すべきだ! と言い張ったんだよ。今にして思えば、彼は弁護士としての実績を作り名前を売りたかったんだろうね」
「じゃあ、言ったのですね?」
念を押すように、公生は尋ねた。柳沢が、ただの殺人犯で終わるなど納得いかない。せめて、彼にもそれなりの理由があり苦しんだこと……それだけは、世間に知ってもらいたい。
対する柳沢は、不思議そうな顔で公生を見つめた。
少しの間を置き、聞き返す。
「その前に……ひょっとして、君はスマホを持っていないのかい?」
「はい? ええ、持っていません。僕のいた施設では、十八歳になるまでスマホ禁止だったんです」
戸惑いつつも、公生は答えた。そう、彼のいた施設では、成人年齢になるまでスマホ禁止というルールがあった。スマホを持てなかったせいで、公生だけクラスメートの輪に入れないことも珍しくなかった気がする。
「施設?」
柳沢の顔に、奇妙な表情が浮かぶ。すると、横からペドロが口を挟んだ。
「彼はね、幼い頃に両親を亡くしている。そして今まで、児童養護施設で育てられた。彼のいた施設では、スマホが禁じられていた。ただ、それだけのことさ」
すました表情で答えたペドロだったが、柳沢は異なる反応を見せた。顔つきがみるみるうちに変わり、目には涙が溢れる。
やがて、柳沢は公生に頭を下げた。
「すまない。私は君を誤解していた。これでも、私はそこそこ有名人になったことがある。ネットにも載った。君は、私のことを知りながら、知らないふりをしているのかもしれないと思っていた。だが、世の中には君のような少年もいるのだね。申し訳なかった」
そう言うと、柳沢はもう一度頭を下げた。
公生はというと、意味がわからずうろたえていた。この男は、何を言っているのだろうか。
だが、直後にピンときた。先ほど、柳沢から言われたことを思い出す。
(君に、いったい何がわかるというんだ? 子供のくせに……)
あの時の言葉、そして怒りの表情……あれは、単に公生が生意気なことを言ったから怒ったわけではなかった。柳沢の「私のことを知りながら、知らないふりをしているのかもしれない」という思いから生まれたものだった。
「い、いえ! そんな……」
公生には、そうとしか言えなかった。
一方、柳沢は涙を拭い微笑んだ。そして、再び語り出す。
「君も、家族を失う苦しみを経験していたのだね。そう、私は苦しかった。辛かった。だから、復讐という行為に没頭した。没頭することで、苦しさを忘れていられたんだ。そして、裁判でもそのことを語った。ついでに、探偵を雇い調べあげた三人の行状についても、ね」
淡々と語る柳沢だったが、公生はどうしても共感できなかった。
両親を失ったと知った時、公生の胸を襲ったものは、怒りや悲しみではなく困惑だった。なぜ、こんなことが自分に起きたのだろうか……その思いの方が強かった。
悲しみを感じられるようになったのは、葬式が終わり日常生活に戻った時だった。ふとした弾みで両親のことを思い出し、涙ぐむことが度々あった。しかし、柳沢のようにはなっていなかった。
苦しんでいなかった自分は、柳沢よりひどい人間なのだろうか……そんな風に自問する公生の前で、柳沢は話を続けていく。
「そしたら、恐ろしいことが起きたよ。拘置所に、手紙がくるようになったんだ。五人を殺した極悪人の私を、英雄扱いする者まで出てきた」
そこで、柳沢は笑った。だが、その瞳は悲しみに満ちていた。
「笑うしかなかったよ。五人の人間を殺した私を、ヒーロー扱いするとはね。いったい、何を考えているのだろう。世間の風というのは、時として思わぬ方向に吹くらしい」
聞いている公生は、ふと沖田のことをおもいだした。
あの男も、犯罪者を殺した。拘置所では、ファンレターのようなものがきたらしい。本人は、それを得意気に語っていた。
柳沢のところにも、ファンレターがきた。だが、当人はそれをありがたいとは思っていない。むしろ、迷惑なものでしかなかったようだ。
「弁護士の話では、私のやったことは話題になったらしい。ネットでも騒がれていたそうだ。やがて判決の日がきた。無論、死刑になることはわかっていたよ。それは、承知の上だった。だがね、法廷に行った時は驚いたよ」
柳沢の話は、そこで止まった。少しの間を置き、絞り出すように語り出す。
「まず、マスコミの人間が来ていた。まあ、それはいい。彼らも仕事だからね。しかし、法廷には傍聴人も大勢来ていた。皆、私を見ていたよ。好奇心に溢れた表情で……娘の復讐を遂げた父親がどんな奴なのか、面白そうな顔つきで見ていたよ」
その時、柳沢の表情が歪んだ。押し殺したような声で、話の続きを語り出す。
「彼らから見れば、私の裁判はただで見られるイベントでしかなかったんだよ。私の苦しみ、悲しみ、怒り……それらは、全てイベントのスパイスのようなものでしかない。私は間違っていたよ。私は、裁判で何も語るべきではなかった」
怒りと憎しみに満ちた柳沢の言葉に、公生は胸が潰れそうな思いを感じていた。
言われてみれば、様々な媒体で事件が報道された時、自分もまた好奇心から事件の概要を見ていた気がする。
しかし、大半の事件には必ず被害者がいて加害者がいる。関係者にとって、事件は決してイベントなどではない。
特に殺人事件は、関係者にとって永遠に終わらないものなのだろう……。




