混乱
「沖田が死んだ?」
驚愕の表情を浮かべる百目鬼に向かい、ペドロは淡々とした口調で話を続けていく。
「ああ、そうだ。沖田くんは死んだ。間違いなく他殺だね。俺の見たところ、紐状のもので首を絞められたことによる窒息死だ。凶器らしき物はなかった」
その言葉に、全員が唖然となっていた。凶悪な殺人犯であるはずの彼らだが、迷子になった幼子のように頼りなく見えた。
沖田の死体を見つけた後、ペドロは森の中をすたすたと歩いていく。
しかし、公生の方は気が気ではなかった。なにせ、この島には処刑人なる者がいるというのだ。しかも、そいつはペドロよりも強いらしい。
もし、そんな者が襲いかかってきたら……そんなことを思いつつも、公生はペドロの後についていった。ペドロのそばにいる以外、自身の安全を保つ手段がなかったからだ。
やがて、ペドロは立ち止まる。そこには、百目鬼ら四人が座り込み、暗い顔でレーションを食べていた。ヘリコプターの男とのやり取りによる絶望感から、未だ回復できていないらしい。
そんな彼らに、ペドロは遠慮する素振りもなく声をかける。
「君たちに報告しなければならないことがある。沖田くんが死んだ」
少しの間を置き、口を開いた者がいた。
「誰が殺したんだ? あんた知ってるんだろ? なあ、そろそろ教えてくれよ?」
聞いてきたのは井川である。今にも泣き出しそうな声で懇願していた。出会った当初のふてぶてしい態度が嘘のようだ。見ている公生は、憐れみすら感じるほどだった。
しかし、ペドロの心に憐れみなどという感情は存在しないらしかった。
「知ってはいるが、教えることはできない」
「そんな……俺は、死にたくねえんだよ。こんなところで、誰にも知られず死ぬなんて嫌なんだよ。なあ、あんただってそうだろ? 頼むから教えてくれよ?」
諦めきれない井川は、なおも尋ねた。だが、ペドロは首を横に振る。
「それは無理だ。井川さん、あなたも死刑囚だろう。ならば、観念することも必要なのではないかな。人間は、いつか皆死ぬ。それが、早いか遅いかだけの差でしかない」
落ち着いた口調であった。しかし、その落ち着きぶりが井川の気に障ったらしい。凄まじい形相で、ペドロを睨みつける。
「ふざけんじゃねえぞ! お前、俺たちをなんだと思ってるんだ!」
喚いた時、百目鬼が素早く井川の肩に触れた。
「その落ち着きぶりから察するに……ペドロさん、あなたは殺される心配がないようですね?」
「いや、俺も殺される可能性はあるよ。決めるのは、あくまで向こうだからね」
聞いている公生は混乱してきた。
先ほど、ペドロは処刑人について「俺よりも強い」と評していた。そして今は「俺も殺される可能性がある」と言っている。
公生はペドロに対し、この島でただひとり安全圏にいる人物なのだと思っていた。だからこそ、こんなに落ち着いていられるのだ……と。
しかし、今の話が本当であるなら、ペドロは命の危険に晒されながらも、あえてこの島に居続けているということになる。
では、この男の目的は何なのだ?
公生がそんなことを考えていた時、百目鬼が口を開く。
「でしたら、ここは協力すべきではないのですか? 我々は、確かに死刑囚です。しかし、予告もなくこんな島に連れて来られた挙げ句に、何の宣告もなしに殺されるというのは理不尽すぎます。あなたの身にも危険が迫っているなら、まずは行動を共にすべきでは?」
「まず、はっきりさせておこう。俺は死刑囚ではない。そもそも、あなた方は人の命を理不尽なやり方で奪っている。そのあなた方が、自身の扱いについて理不尽だのなんだの言うのは、都合が良すぎるのではないかな」
ペドロの言葉は冷静であったが、その分余計に相手の心を抉るものだった。百目鬼は、顔を歪めていた。必死で感情を押さえているように見えた。
横にいる公生は、何もそこまで言わなくても……と思った時だった。今度は、永井が叫ぶ──
「あ、あんたは俺たちを差別するのか! ふざけるな!」
「差別? はて、差別とはどういうことかな?」
さすがのペドロも、意味がわからなかったのか聞き返した。
「お、俺たちは確かに死刑囚だ! けどなぁ、死刑が執行されるまでは……み、未決囚なんだよ! 未決囚には、人権があるはずだ! こ、こんな理不尽な扱いは許されないぞ! 弁護士を呼べ!」
地団駄を踏みながら、永井は喚きちらした。その様は、駄々をこねる子供のようである。
公生は、見ていて恐ろしさを感じた。一見すると
滑稽であるが、この永井もまた死刑囚なのだ。つまりは、人を殺している。
しかも、永井はこの状況下で「弁護士を呼べ!」などと叫んでいる。こんな島に、弁護士が来るはずなどないのは、高校生の自分でもわかることだ。
この永井という男、本当に気が狂い始めているのかもしれない……公生がゾッとなっていた時、ペドロが彼に答える。
「申し訳ないが、君を差別しているのは俺ではない。明日もまた、ヘリコプターが飛んで来るはずだ。その時、彼らに弁護士を呼ぶよう言いたまえ。では、失礼する。これ以上、君らと話していても得る物はなさそうだ。むしろ、時間の無駄だよ」
永井に言った後、ペドロは公生の方を向いた。
「では、行くとしようか」
そう言うと、ペドロは歩き出した。その時、百目鬼が叫ぶ。
「高橋公生くん、といったね? 君は、なぜこの島にいるんだ? 何か心当たりがあるのか?」
いきなり話を振られ、公生はまごついた。わかることは、ひとつしかない。
「わかりません。僕がなぜここにいるのか、自分にも心当たりがないんです」
公生の偽らざる気持ちであった。しかし、百目鬼は納得してくれなかった。
「そんなはずはないだろう。君が死刑囚だとは言わないが、何らかの理由があって、この島に連れて来られたはずだ。それを教えてくれ」
言いながら、百目鬼は近づいてきた。その目には、異様な光が宿っている。
公生は言いようのない不安を覚え、後ずさった。
「いえ、本当にわからないんですよ」
口からは、そんな言葉が漏れる。しかし、百目鬼は認めようとしない。
「いや、そんなはずはないんだよ。ここに連れて来られたからには、何か理由があるはずだ」
低い声で言いながら、百目鬼は手を伸ばしてきた。公生は何もできず、されるがままになっている。なぜか、百目鬼の目を見ていると動いてはいけないような気分になっていた。
その時、ペドロが両者の間に割って入ってきた。
「百目鬼さん、あなたという人には呆れるばかりだね。今、そんなことをしている場合なのかね?」
柔らかい声音だが、ペドロの全身からは有無を言わさぬ空気が醸し出されている。その迫力に、さすがの百目鬼もたじたじとなっていた。
一方、ペドロは公生の腕をつかむ。そのまま早足で歩き出した。
そこで、公生はハッとなる。今、自分が何をしていたのか全くわからない。
「あ、あの、今僕は何をしていたのですか?」
半ばペドロに引きずられるように歩きながらも、公生はどうにか尋ねた。すると、返ってきた答えはとんでもないものだった。
「別に大したことではない。君は、百目鬼さんに殺されかけていた。それだけだよ」
「は、はい!?」
公生は愕然となっていた。殺されかけていたとは、どういうことだ?
しかし、ペドロの答えは素っ気ないものだった。
「そう、君は殺されかけていた。百目鬼さんはね、君のような少年を自らの手で殺すことに快感を覚える、そういう性癖なのさ。今までは、どうにか堪えていた。しかし、死の恐怖が彼にあった理性の鎖を引きちぎってしまったらしい」




