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奇怪島  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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悪魔との対話(3)

 沖田の言葉を聞き、公生はすぐに振り返る。

 茂みの中から姿を現したのは、確かにペドロであった。飄々とした態度で、こちらに向かい歩いてくる。先ほど去っていった時と比べ、特に変化はなさそうだ。

 公生はホッとしていた。正直、沖田の相手をひとりでするのは辛い。沖田は、一見すると穏やかだ。連続殺傷事件の犯人であり死刑囚である事実はさておき、少なくとも話し合うことはできそうに思える。

 しかし、会話をしてみると。言葉の端々に独善的な部分が目につく。自分は正しい、したがって反論は許さない……そういった空気を感じていたのだ。

 そんな沖田と話すのは疲れる。ひとりで相手をするのは、もはや労働であった。しかし、ペドロが来れば負担も減るだろう。

 そこで、ある考えが浮かぶ。沖田は、ペドロ相手でも独善的な姿勢を貫くのだろうか? 

 いや、このペドロ相手には無理だろう……などと公生が考えていた時、ペドロが口を開く。


「君たちは、ここで何を話していたんだい?」

 

「更生者保護施設というものの存在意義を、彼と語り合っていたのですよ」


 得意気に答えたのは沖田だ。いや話し合ってない、あんたが一方的に喋っていたんだよ……と公生は心の中で呟いたが、顔には出さずウンウン頷いていた。


「ほう、それは有意義な会話だね。実に素晴らしい。それで、結論は出たのかい?」


 聞いてきたペドロに、沖田はさらに偉そうな態度で答える。


「更生者保護施設には、大きな問題点がある。不要とまではいかないにせよ、これから改革が必要だ……これが結論です」


 いや、それはあんたの結論だろ。それ以前に、僕はそんな施設のことなど知らないし、話し合えるわけもない……と公生は思いつつも、黙って話を聞いていた。こういう時はやり過ごし、面倒事を避ける……それが、彼の人生のセオリーだった。

 しかし、この男は違うセオリーを持っていたらしい。


「なるほど、その通りかもしれないね。ところで、ひとつ聞きたい。君は過去に、こうした問題点を発見した時、解決を図るよう行政にはたらきかけたことはあったのかな?」


「えっ……いえ、ありません」


「それはなぜだい? 見たところ、君は様々なことを学び、知識として自分のものにしている。ネットで見た、というような人間とは、明らかに違うように見える。そんな君が、なぜ法の中で動こうとしないのかな?」


 ペドロの口調は優しいが、沖田の表情は明らかに変わっていた。ファイティングポーズを取っていたボクサーが、相手のプレッシャーに押され少しずつ下がっていく……公生には、両者のやり取りがそんな風に見えた。


「あの、行政が動くまでには時間がかかります。だいたい、個人の訴えなど聞いてくれないことがほとんどです。あっちこっちをたらい回しにされた挙げ句に、また明日……それが日本の行政ですよ。そんなものに頼れません」


 沖田は、頬を紅潮させてまくし立てる。

 横で聞いている公生は、沖田にほんの欠片ほどの同情心を抱いた。この男は、罪を犯す前は行政に働きかけたが、体よくあしらわれていたのかもしれない。

 だが、この男にはひとかけらの同情心もないようだった。


「ほう、君は行政に働きかけたことがあるわけだね。感心感心。実に素晴らしい」


 そんなことを言った直後、パチパチと手を叩いたのだ。笑みを浮かべて、沖田に向かい拍手している。それは、どう見ても心からの敬意を表すものではなかった。むしろ、幼い子供に対する「よくできまちたねー」という言葉と同じ種類のものに感じられる。公生は、アチャーと思いつつ沖田の顔を見てみた。

 予想通り、沖田は怒りに震えていた。今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。既に拳を握りしめており、ペドロを凄まじい形相で睨みつけている。

 しかし、ペドロに怯む気配はなかった。不意に拍手を止め、真顔になる。


「さて、君は己の目的達成のため連続殺傷事件という手段に出た。つまりは犯罪だね。手段として犯罪を用いるのは、時間の短縮を図れるし、効果も大きい。だがね、ひとつ忘れてはいけないことがある。目的達成の手段として犯罪を用いた人間を、世間の人は犯罪者として見るということさ」


 聞いた途端、沖田の口から声が漏れる。


「なん、だと……」


「君は、百目鬼さんや井川さんにこう言っていたね。僕はお前らとは違う、と。しかし、君は紛れもなく犯罪者だよ。百目鬼さんたちと、いったい何が違うと言うんだい?」


 ペドロの容赦ない言葉に、沖田は泣き出しそうな表情て答える。

 

「ぼ、僕には支持者がいたんだ! 機会があれば、ネットで僕の名前を調べてみろ! 僕のやったことを称賛する言葉が見つかるはずだ! それに、ファンレターだって拘置所に届いたんだぞ!」 社会のゴミを掃除してくれてありがとう、と書いてあったんだ」


 横で聞いている公生は、当然ながらハラハラしている。頼むから、殺し合うようなことだけは勘弁してくれ。人が死ぬのは見たくないよ……そんなことを思いつつ、状況を窺っていた。

 しかし、今の沖田の言葉により、別の思いも浮かび上がる。


 僕に、もう一度ネットを見る機会は訪れるのだろうか?


 一方、ペドロはウンウンと頷いて見せる。


「ほう、支持者かい。それは素晴らしい……とは、さすがに言えないな。ネットでの言葉に、どれだけの価値があるのかな? スマホやパソコンで作成した文章を送るだけ、それは支持者と言えるのかな? 君の支持者が本物であるなら、更生者保護施設の改善案を出すなり何なりしているはずではないのかな」 


 そこで、ペドロは笑みを浮かべた。ただし、完全に侮蔑の笑みてあった。


「もうひとつ、アメリカの連続殺人犯テッド・バンディは、毎日大量のファンレターをもらっていたよ。ちなみに、俺もアメリカのレイカーズ刑務所に収容されていた時、ファンと称する人物から手紙がきていたよ。毎日、五人から十人くらいだったと記憶している。このファンレターなるもの、そんなに凄いかな?」


 ペドロが、かつて刑務所にいた……その事実に驚きつつも、公生はただただオロオロするばかりだった。

 さっきから、ペドロの言葉は沖田の心を抉り続けていた。もっとも、ペドロという人間は、出会った時から情けなど感じさせない言葉遣いをしていたのは確かである。公生に対しても、世の大人たちが用いる「オブラートに包んだ」言葉などは用いなかった。

 しかし、今のペドロは……意図的に、沖田を怒らせているようだ。

 そう、あえて沖田の心を傷つけ、怒りを誘っているように見える。


 公生がそんなことを思った時、ついに恐れていたことが起きてしまった。

 突然、沖田が拳を構える。

 次の動きは速く、公生には何が起きたのかすらわからなかった。沖田は、早いフットワークで一瞬にして間合いを詰め、左ジャブを打つ。しかも、彼の攻撃は一度では終わらない。体の回転を活かしたキレのあるパンチが、ペドロに向かい続けざまに放たれる──


 公生は、口を開けポカンとなっていた。やめてください、と叫ぼうとした表情のまま固まっている。

 彼の目には、ペドロの顔面にパンチが当たった……ように見えた。しかし、ペドロは涼しい顔をしている。さあ、次はどうする? とでも言いたげな様子だ。

 

 もしかして、ペドロって殴られても平気なの?

 いやいや、あんな早いパンチを何発もくらって効かない、なんて有り得ないよ。

 それじゃ、ターミネーターじゃないか。


 一方、パンチを放った沖田は何が起きたか理解していた。

 ペドロは、沖田の放ったパンチを全て躱していたのだ。それも、数センチから数ミリの単位で間合いを見切り、最小限の動きで全て避けていた。

 離れた位置にいる公生から見れば、当たっているように見えてしまう。だが、実のところはスレスレで躱していたのだ。


「あんた、達人かよ……」


 沖田の口から、そんな言葉が漏れた。

 幼い頃に読んだ格闘技漫画。そこに登場する武術の達人は、相手の放つ技の間合いを瞬時に見切り、最小限の動きで躱してみせていた。

 実際にボクシングをやってみると、そんなことが不可能であるという現実を知る。どんなに稽古しようが、人間には限界があるのだ。

 攻撃を避けるだけでも難しいのに、ミリ単位の見切りなど不可能である……はずだった。

 しかし、目の前にいる男はやってしまった──


 沖田は観念し目を閉じる。ペドロは、もはや人間の領域を超えてしまった怪物だ。こんな怪物が、現実に存在するとは思わなかった。

 その怪物に喧嘩を売った以上、殺されるのも仕方ない。ペドロなら、数秒で自分を殺せるだろう。むしろ、この男に殺されるなら本望だ。

 ところが、予想もしなかった言葉が聞こえた。


「気は済んだかな。では公生くん、行くとしようか」


 直後、遠ざかっていく足音。目を開けると、ペドロの背中が見えた。続いて、彼の後を小走りで追っていくのは公生だ。

 沖田は、泣きそうな表情で叫ぶ。


「ちょっと待てよ! 何で反撃してこない!?」


「簡単だよ。君には、その価値がない」


 ◆◆◆


 被験体Oは、削除対象へと移行。

 先ほど、被験体Tとの会話の時、他被験体への敵意と殺意とが感じられる発言を確認。さらに、観測者Pへの攻撃。

 明らかな危険分子。今日のうちに削除する。



 

 

 

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