悪魔との対話(2)
「死んでも構わない人間、ですか」
それ以上、言葉が出なかった。
ひどすぎる話だ。これまでの人生において、悪いことなどせず普通に暮らしていた。
無論、自分を善人だなどというつもりはない。それでも、人に傷つけられたことはあったが、人を傷つけたことはなかった。誰にも迷惑をかけないよう、ひっそりと生きてきたつもりだった。
その結果が、死刑囚たちと同じ島に送られることか──
絶望的な気分に打ちのめされていた公生だったが、続いて放たれた沖田のセリフに愕然となる。
「君は、おとなしくしているといい。ここの死刑囚たちは、全員僕が始末する」
「はい?」
思わず聞き返した。冗談ではないか、と沖田の顔を見つめる。
彼の表情は、真剣そのものだった。
「僕は死刑囚だ。なぜ死刑になったかというとね、五人を殺したからだよ」
沖田は、静かな口調で語り出した。彼は…自分の犯した罪について話してくれるつもりなのだ。公生は、何も言わず耳を傾けることにした。
「三年前、僕は更生者保護施設に侵入し、五人を殺し八人に重傷を負わせた。なぜそんなことをしたかわかるかい?」
「い、いえ、わかりません」
公生はそう答えたが、それ以外に言いようがなかった。
五人を殺した上、八人に重傷を負わせる……どんな理由があれば、そんな恐ろしいことができるのだろう。そもそも、コウセイシャホゴシセツが何なのかすらわからないのだ。
すると、沖田は苦笑した。
「君、もしかして更生者保護施設のことを知らないのかい?」
「はい」
「教えてあげるよ。更生者保護施設、犯罪者たちの間では保護会と呼ばれてる。刑務所を出た後、行く場所のない前科者たちを住まわせておく施設なんだよ。つまり、僕が殺したのは全員が犯罪者ってことさ。僕は、そいつらを殺した」
「はあ、犯罪者ですか……」
そこで、公生の言葉が止まった。頭の中に、様々な思いが浮かぶ。
いくら犯罪者といっても、殺してしまっていいのだろうか。公生とて、犯罪者は嫌いだし友人にはなりたくない。だからといって、殺すのはあんまりではないのか?
「あの、その人たちは、殺されたり重傷を負わされなければいけないほど悪い人たちだったんですか?」
気がつくと、そんな言葉が出ていた。途端に、沖田の表情が変わる。
「君は、何もわかっていないようだね。刑務所に入るというのは、簡単じゃないんだよ。大半の犯罪は、初めての場合は執行猶予が付く。執行猶予とは、簡単に言えば刑務所に行かずに実社会で反省し罪を償え……というシステムさ」
公生も、執行猶予という単語の存在は知っていた。ニュース記事などで見たことがある、という程度で意味は知らなかった。興味もなかったし、自分には無縁の世界のものだと思っていたため、調べようともしなかった。
しかし、沖田の説明を聞いてようやく理解できた。となると、不運な一般人の救済措置のような役割を果たしているのか。
続いて語られた沖田の言葉は、公生の考えとほぼ同じことを語っていた。
「つまり、つい出来心で……なんていう罪は、執行猶予で終わるんだ。そして、大半の人はここで反省し犯罪とは縁のない生活を始める。ところ、保護会にいるような連中は違うんだ。彼らは執行猶予では済まなかったような大罪を犯している。もしくは執行猶予で許されたにもかかわらず、反省せずに罪を重ねて刑務所に行った人間なんだよ」
公生は、思わず頷いていた。
無論、沖田のやったことは許されない罪だ。しかし、彼らは執行猶予で一度は反省の機会を与えられた。いわば、地獄の釜の縁を覗いたわけだ。
にもかかわらず、自ら進んで地獄の釜に落ちに行く……どう考えても、擁護できない行動だ。
しかし、沖田の話にはさらなる続きがあった。
「しかも、保護会にいる連中ほ家族からも見放されているんだよ。仮に、覚醒剤で二回逮捕され実刑判決を受け刑務所に行った者がいたとしよう。彼が仮釈放で予定より早く出所する時は、身元引受人が必要だ。大半の場合、家族が身元引受人になる。彼は、晴れて家族の待つ家に帰れるわけだ」
様々な法律用語を用いてスラスラ語っていく沖田に、公生は完全に圧倒されていた。さすがに、ペドロのような怪物とは比べ物にならないが、沖田も充分に凄い人間だ。
こんな人間が、なぜ連続殺傷事件など起こしたのだろう──
「ところが、彼が家族にまで迷惑をかけていたロクデナシだった場合、話は違ってくる。家族は、彼に帰ってきて欲しくないため、身元引受人となることを拒む。そうなると、彼は予定通りの刑期を務めなくてはならない。しかし、彼は刑務所にいるのは嫌だ。仮釈放でさっさと出たい。そこで、保護会の出番というわけさ。保護会が、彼の身元引受人になるのだよ」
そこで、沖田はニコッと笑った。わかるよね? とでも言わんばかりの表情だ。
公生には、全くわからなかった。刑務所にいる人間が、執行猶予という一線を越えた人種ということは理解できた。保護会というもののシステムも、少しはわかってきた。
しかし、そこから保護会に収容されている人間を殺害する……という発想に至るのは、ちょっとおかしい気はする。
彼らの中にも、真剣にやり直そうとしていた人物がいたかもしれないのだ。殺してしまえば!その機会は永遠に奪われる──
その時、沖田は苦笑した。公生の表情から、彼が思っていることの内容を察したのだろう。
「君は、犯罪者という人種を全くわかっていないね。まず、家族から身元引受人を断られている……この時点で、どんな人間かはわかる。家族というものは、最後まで味方をするはずだ。何せ、誕生してから、かなりの期間を共に生活してきたし、情も移っている。よほどのことでない限り、家族の中に犯罪者が出たとしても迎え入れるものだよ」
そうなのだろうか? 公生は疑問を感じたが、口にはしなかった。
何せ、公生には家僕がいない。ひとりっ子として誕生し、幼い頃に両親は死んでしまった。以来、児童養護施設で生活している。そこにいる職員や少年少女らを、家族と思ったことはない。嫌いというわけではないが、心のどこかで一線を引いている気がする。
公生の根底にあるのは「どうせ誰もわかってくれないし、わかってもらえるとも思っていない」という諦念だ。
それは、両親の事故死の時から根付いてしまった気がする。
「しかし、保護会にいる連中は、最後の味方である家族からも見放されたわけだ。これは、彼らがどのような人間であるかを如実に表している。家族に散々迷惑をかけてきた厄介者、つまりは社会にも散々迷惑をかける人間だということだ」
語った後、沖田は勝ち誇った表情を浮かべた。反論できまい、という態度で、こちらを見ている。
公生は、とりあえず反論はできなかったので黙っていた。しかし、この僅かな時間で沖田のメッキが剥がれ落ちてきた気もしていた。
さっきは、様々な法律用語を何の苦もなく使用するキレ者……という空気を放っていた。しかし、今は独断的な部分が目に付く。人の意見など、聞き入れる気はなさそうだ。
この性格が、凄惨な事件を引き起こしたのだろうか……などと公生が思っていた時だった。
突然、後方の茂みがガサリと鳴ったのだ。公生は心臓が止まるのではないかとと思うくらいの衝撃を受け、凄まじい勢いで飛びあがった。
すると、沖田がクスリと笑う。
「公生くん、ちょっとビビり過ぎ。でも、今のリアクションは面白かった。計算でなく自然のものだとしたら、君はリアクションの才能があるのかも知れない」
公生に向かい言った後、今度は後方にいるであろう人物に視線を移す。
「あなたもそう思いますよね? ペドロさん?」




