悪魔との対話(1)
実験は二日目を迎えた。今のところ、大きな問題もなく進んでいる。
初日こそ、被験体同士の小競り合いがあった。しかし、今は極めて平穏だ。孤島という環境が、彼らの暴力性を抑えているのか。あるいは、観測者の存在ゆえか。いずれにせよ、もっと時間をかけてデータを集めなくては結論は出ない。
被験体Kの処理は完了。典型的な粗暴犯であり、事前にデータを見た時点でこうなることは既に予測済み。事実、彼がトラブルの種となっていた事実は否めない。次回からは、ああいった者はすぐに処理する方が無難。
ひとつだけ不可解な点がある。被験体Tの詳細、未だ不明。データも無し。
なぜ、ここに送られたのかは未だ謎。今のところ問題を起こす気配はない。したがって、このまま実験を続行する。
◆◆◆
公生とペドロは、草原でコンテナから食料と水を取り出した。その後、森の中へと入っていく。
去り際、公生は振り返り百目鬼らを見た。百目鬼と井川と永井は、暗い表情を浮かべていた。やはり、彼らは死刑を回避できるのではないかと期待していたらしい。
ただ、柳沢だけは違っていた。ヘリの男の言葉にも、動じていないように見える。何とも不思議な男だ。
もっとも、ペドロほどではないが……そんなことを思いつつ、公生はペドロの後に付いて行った。
やがて、ペドロは立ち止まった。地面に直接座り込み、食料の入った袋をチェックし始める。
公生も立ち止まると、そっと話しかける。
「すみません。どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」
「その質問に答えるのは難しいな。そもそも、君の言う強さとは何だい? その定義がはっきりしていなければ、答えようがないよ」
逆に聞き返されてしまった。質問に質問で返すのは、失礼だって言ってなかったっけ……などと思いつつも、仕方ないので答える。
「えーと、あの小林さんを、一瞬で倒しちゃったじゃないですか。僕も、あんな技を使えるようになりたいです」
「まず、あんな技を使えるようになるには、努力だけでは不可能だ。才能も必要だよ」
「才能ですか……」
そう言われては終わりだ。公生は体も小さく腕力も弱い。おまけに、これまでの人生で十回近く骨折しているほどひ弱なのである。才能など、あるはずがない。
その時、ペドロが顔を上げた。
「君は勘違いをしているようだね。体が小さい、運動神経が悪い……そんなことで才能の有無を判断することはできないよ。才能とは、言ってみれば金の鉱脈のようなものだ。掘ってみなければ、あるかないかはわからない」
「なるほど」
言われてみれば、その通りだ。才能の有無など、やってみなくてはわからないだろう。
しかし、ペドロの話は終わっていなかった。
「いや、ここからが本題だよ。ある武術家は、こう言っていた。全てを捧げた者のみが、達人と呼ばれる存在になれる。しかし、全てを捧げた者の大半は達人になれない。つまり、才能という名の金鉱を見つけるため、全てを捧げ穴を掘り続ける覚悟が必要なんだよ」
ペドロの口調は穏やかだったが、そこに秘められたものに公生は圧倒されていた。
この男は、自信に満ち溢れているように見えた。何者も恐れず、我が道を進んでいくペドロ……だが、その強さを得るため、様々なものを捧げてきたのだ。
「己の才能を信じ、全てを捧げて穴を掘り続けた結果、何もない。それが現実だよ。君は、そんな世界に身を投じる覚悟があるのかい」
「やっぱり無理ですね」
公生は、そう答えるしかなかった。
自分に才能があることを信じ、人生の全てを捧げるか? これは武術に限らず、夢を追う者にとって避けて通れない問いかけだ。
なんと険しい道なのだろう。自分には、そんな道を歩むことなどできない。平凡な自分には、平凡に生きることしかできないのだ。
そんなことを考えていた時、突然ペドロが立ち上がった。
「すまないが、ここで待っていてくれ。ちょっと、ひとりで確かめてみたいことがある」
言った直後、いきなり走り去って行ったのだ。止める暇もなかった。
公生は唖然となっていた。だが、すぐに不安が湧き上がってくる。今、自分はひとりだ。しかも、周りは死刑囚ばかりである。その上、処刑人がいるかも知れないのだ。
万一、今襲われたら……助かる見込みはない。人殺しに慣れた者たちと、喧嘩すらしたこともない自分では、勝負にすらならない。
公生は、辺りを見回した。木の陰に、誰かが隠れている気がする。
「気のせいだよな……」
不安のあまり、思ったことがそのまま口に出ていた。
その時、後ろでカサリという音がした。慌てて振り返ったが、誰もいない。では、今の音は何だったのだろう。
いや、風が吹けば音くらい鳴ってもおかしくない。ともかく、誰もいなかった。つまりは安全なのだ。
ホッとなった時、いきなり肩を叩かれた。さらに声をかけられた。
「ねえ、あのペドロさんて何者なの?」
聞いた瞬間、公生は恐怖のあまり飛び上がった。さらに着地の瞬間、よろけて転倒してしまう。
早く、早く逃げなければ……公生は、四つんばいで逃げようとした。その時、誰かが公生の体をつかむ。
「落ち着きなよ。僕は何もしない。他の奴らとは違う」
これは、沖田の声ではないか。公生は、恐る恐る振り返った。
そこにいたのは、予想通り沖田であった。穏やかな表情を浮かべ、公生の隣にしゃがみ込む。
「君は、本当に何もしていないんだよね? 小学生の時に放火して一家三人が死んだとか、同級生四人を殺したとか、そういうことはしていないんだね?」
優しい声だったが、内容はとんでもないものだ。公生は慌てて首を横に振る。
「そんなことしてませんよ!」
「そうか……となると、僕の推理は外れていたわけだね」
「推理?」
「うん。最初、僕はこう考えた。死刑囚もしくは犯罪傾向のある者を孤島に集め、処刑場として使用するつもりなんじゃないか……とね。ここの連中は、ほっとけば確実に殺し合う。死刑執行の手間も省ける」
落ち着いた口調で、沖田は語っていく。他の者たちに対する敵意に満ちた声とは、完全に真逆である。
「死刑執行の手間って、何ですか?」
「死刑執行には、偉い人間のハンコが山ほど必要で、お役所仕事だから時間もかかる。それにね、死刑執行の時、絞首刑台のボタンを押すのは拘置所の職員だ。つまり、死刑囚を殺すわけだよ。想像以上の大きな精神的負担がかかる」
そこで、沖田は侮蔑の表情を浮かべる。
「今時、紙の書類にハンコだよ。バカバカしい話だけどさ、政治の世界は老人が仕切ってるんだよ。学習能力も記憶力も落ちているから、新しいことを覚えるのが苦痛なのさ」
「なるほど。でも、僕は本当に何もしていないんです。信号無視だって、したことないですから」
話がズレてきたので、公生はおずおずと声をかけた。
すると、沖田の眉間に皺が寄る。ただ、怒っているわけではなさそうだ。
「そうなんだよね。君は犯罪者ではない、となると……実験、かな」
「実験?」
「ああ。死んでも構わないような人間を集め、孤島に放り込む。そこで、何らかの実験を行うってわけさ。おそらく、僕たちは監視されているはずだ」
そこで、沖田の言葉が止まる。次の瞬間、表情が一変した。何かを閃いた、そんな様子だ。
「君、もしかして孤児じゃないのか?」
勢い込んで聞いてきた沖田に、公生は圧倒されつつも答える。
「は、はい」
聞いた沖田は、納得した表情で頷いた。
「君が選ばれた理由がわかったよ。両親がいない、つまりは急に消えて問題ないからだ」




