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奇怪島  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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真の姿

 ペドロに言われ、皆は空を見上げた。

 いつの間にか、ヘリが草原の上に来ており、着陸の準備段階に入っていた。

 と同時に、ローターの音が響き渡る──


「こんなにうるさいのに、なんで気づかなかったんだろう」


 公生は、誰にともなく呟いた。そう、ローターの音は、先ほどから聞こえていたはずなのだ。しかし、公生はヘリの接近に全く気づいていなかった。


「簡単さ。君の耳は、音を聞いてはいた。ただ、君の脳は雑音として処理していた。それだけのことさ」


 答えたのはペドロだった。しかし、その答えは公生をさらに混乱させた。


「どういうことですか?」


「木の枝に、死んだはずの小林くんの服がかかっていた。この異常事態が、君を混乱させた。結果、音自体は聞こえていても、脳は意味のない雑音として処理していたのさ。人間の感覚には、そうした一面もある」


「なるほど……そんなことがあるんですね」


 公生も、この説明には納得せざるを得なかった。幼い頃、遊びに夢中になり他のものが目に入らなくなる状態は、公生も経験している。

 だが、聞こえてはいるが、意味のないものとして処理される……それを体験したのは初めてだ。


「公生くん、自分の目や耳から得た情報を過信するのは危険だよ。時と場合によっては、偽の情報を持ち主に伝えることがある。そもそも、自らの真の姿をわかっていない人間も少なくないからね」


 このペドロの言葉に引っかかるものを感じ、どういう意味か聞こうとした。だが…そこでヘリが着陸する。扉が開き、中から四人の男が出てきた。昨日と同じく、ヘルメットを被り防弾ベストを着ていた。ゴム弾を発射する銃を持っているのも同じである。

 うちふたりが、ヘリからコンテナを運び出した。さらに、草原に置きっぱなしになっていた空のコンテナを積み込む。

 その時、百目鬼が前に進み出た。


「すみません。我々と一緒に来ていた小林くんが、何者かに殺されました。しかも、死体は隠され服は木の枝にかかっています。我々は、どうすればいいですか?」


 しかし、男たちは彼を無視していた。コンテナを運び終わると、ひとりが森の中に入っていく。木の枝には引っ掛けられていた小林の服を手に取り、すぐにヘリへと歩いていく。

 百目鬼は、苛立った表情になった。


「殺人犯が、島に潜んでいるかも知れないのですよ。なんとかなりませんか。我々にも人権はあるはずです」


 そう言った時、ひとりの男が口を開く。


「だったら、独房に戻って刑の執行を待つか」


 何の感情もこもっていない、無機質な声であった。お前らを人間扱いしていない、という意思表示にも思えた。

 途端に、百目鬼の表情が歪む。先ほどまでの、穏やかで優しげな中年男の仮面が剥がれ落ち、人殺しの素顔が剥き出しになったのだ。

 見ていた公生は、背筋が寒くなった。ひとりの人間の顔つきや印象が、ここまで変化するのか。「あの人は百八十度変わってしまった」という言い回しがあるが、百目鬼の場合は人間から鬼に変わったかのようである。

 しかし、ヘリの男たちは百目鬼のことなど相手にしていなかった。ヘリの扉が閉まり、轟音と共に浮き上がる。同時に、枯れ葉や土くれなどが風で舞い上がった。

 そして、ヘリは帰っていった。後に残されたのは、食料と水の入ったコンテナだけだ。

 しかし、誰も動こうとしなかった。今の男から言われたセリフは、衝撃を与えたのだ。

 ややあって、井川が口を開く。


「ひょっとして、俺たちの刑をここで執行するつもりなのか?」


 その声は弱々しく、いつもの荒々しさがない。

 公生は、そっと他の者たちの顔を見てみた。大半の者が、複雑な表情を浮かべている。怖いが、同時に悔しい……そんな感情が入り混じっているように思えた。

 見ているうちに、公生にもようやくわかってきた。ここにいるのは、全員が死刑囚なのだ。独房にて刑の執行を待っていたが、何の説明もないまま島に連れて来られた。

 初めは驚いたものの、彼らの中にひとつの希望が生まれたのかも知れない。この誰もいない島が、彼ら専用の刑務所なのではないか。何らかの理由で、死刑を免除されたが、それを発表するわけにはいかない。そのため、この誰もいない島に秘密裏に運ばれた……というストーリーを作り上げていたのかもしれない。

 しかし、そのストーリーは無残にも崩れ去った。この島には、処刑人がいるかも知れないのだ。


 そんなことを考えていた公生の横で、動き出した者がいた。沖田はすたすたと歩いていき、コンテナから自分の分の食料と水を取り出す。

 そして、皆を見回した。


「あんたたち、ひょっとして助かるとか思ってた? 本当、犯罪者って幼稚な考えしかできないんだね。あんたら全員、人を殺したんだろ。その罪に対する罰を受ける覚悟もないのか。カッコ悪すぎだね。僕も人殺しだけどさ、僕が殺したのはお前らみたいな犯罪者だ。社会のゴミ掃除をしたんだよ。お前らとは違うんだ」


 またしても挑発するような言葉を吐いた後、侮蔑の笑みを浮かべた。

 井川と百目鬼は、彼を睨む。しかし、動こうとはしなかった。沖田の強さを恐れているのではなく、先ほどの言葉の衝撃が彼らから気力を奪ってしまった……そんな風に見えた。

 その時、ペドロが公生の肩を叩く。


「君は、怖くないのかい?」

 

「えっ?」


 戸惑う公生に、ペドロはそっと囁く。


「君は、彼らが全員死刑囚であることを察した。その死刑囚たちと狭い島で生活せねばならない。しかも、処刑人らしき者がいるかも知れないという状況だ。普通の高校生なら、恐怖によりパニックを起こして泣き叫ぶか、絶望のあまり崩れ落ちて動けなくなっても不思議ではない。ところが、君は周りを観察している。恐ろしい度胸だね」


 言われてみれば、その通りだ。しかし、恐怖という感情は浮かんで来なかった。代わりに、何がどうなっているのか知りたいという気持ちが芽生えていたのだ。

 それに、死刑囚や処刑人などといったところで、彼に比べれば怖くない。


「確かに、人殺しの死刑囚は怖いです。処刑人がいるとしたら、そちらも怖いですよ。でも、僕が一番怖いのはあなたです。初めてあなたに会った時、僕は動けなくなりました。こんな人がいるなんて、想像もしていなかったです」


 公生は、静かな口調で語った。

 この島で、ペドロと初めて会った時の衝撃は、未だに忘れられない。ホラー映画のモンスターのような、わかりやすい怖さではないのだ。当時の気持ちを強引に言葉にするなら「家の中の暗がりに、とてつもなく恐ろしい何かが潜んでいる」という感じだ。

 あの恐怖を体験したからこそ、後に襲ってきた様々な事態に耐えられたのではないか……そんな気がするのだ。

 

「なるほど。俺の存在が、君という少年を成長させたのか。だがね、君はまだわかっていない。この島の真の姿を見た時の、君の反応を見てみたいね。それに、君が島の秘密を知るまで生きていられるのか。俺は、是非とも見届けたいね」


 その言葉に、公生はゾッとなった。島の真の姿とは、どういう意味なのだろう。まさかとは思うが、悪霊だの宇宙人だのといったものが島に潜んでいるのだろうか。


「あ、悪霊でもいるんですか?」


 思わず口から出た疑問に、ペドロは笑みを浮かべる。


「フッ、若いだけあって愉快な発想をするのだね。俺は、悪霊というものを見たことがない。だから、何とも言えないな。見えないだけで、この島にも徘徊しているのかも知れないよ」


 何とも煮えきらない答えではあるが、悪霊のようなオカルティックな存在ではなさそうだ。

 では、島に潜むものは何?



 



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