「何が起きている?」
「もうじきヘリコプターが来ると思う。まずは目を覚まして、体を動ける状態にしておくんだ」
ペドロの声が聞こえ、公生は目を開けた。
実のところ、寝る前に思ったことがあった。目を覚ましたら全ては夢だった……というオチであってほしいと、淡い期待を抱いていた。ところが、目の前にある光景は島のものだ。
となれば、昨日の記憶は夢ではなく現実だったということだ。なんで、こんな恐ろしいことに巻き込まれてしまったのだろう。
そんなことを思いつつ、公生は立ち上がった。
昨日から、公生の人生は一変してしまった。
目が覚めたら、この小さな島にいた。周りは犯罪者ばかりであり、普通の高校生である公生にとって最悪の環境だ。ペドロがいなかったら、今頃どうなっていたのだろう。
本当に、最悪のメンバーだった。出会ったばかりの人間に、些細な理由から喧嘩をふっかけていく小林。嘘を吐き人を騙そうとしたくせに、人格者のように振る舞う百目鬼。弱い者にはやたらと強気なヤクザ・井川。太鼓持ちという言葉がよく似合う永井。皆との共存を拒絶し、単独行動を取る沖田。
公生の見たところ、犯罪者たちの中で一番まともそうなのは柳沢である。もっとも、この男も殺人犯である。まとも、という言葉は適切ではないかもしれない。
しかも、初日でいきなり小林が殺された。さらに、その死体が消えてしまったのだという。
となると、島の中には小林を殺した犯人がいることになるのだ──
そんな状況にもかかわらず、空が暗くなると同時に公生は眠っていた。眠気を感じるより前に、意識を失っていたような感覚だ。肉体よりも、心が疲れ果てていたためだろう。
「ヘリコプターに乗って帰れるようにならないですかね?」
公生は、有り得ないだろうと思いつつも聞いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「まあ、できるかもしれない。だがね、それにはヘリコプターを乗っ取るくらいの覚悟と戦力が必要だ。君にそれが用意できるかな?」
「いや無理です」
反射的に答えたが、直後に気づいたことがあった。
「つまり、ヘリコプターの人たちにぼくらを助ける気はない……という解釈で合っていますか?」
「その通りだよ。彼らは、食料を運搬するだけだ。その他のことには干渉しない」
「じゃあ、ここで殺し合いが起きても、あの人たちは何もしないんですか?」
「そうだよ。だから、自分の身は自分で守らねばならない。だからこそ、君は用心しなくてはならないのだよ。この先、何が起こるかわからない。しかも、君の生存能力はあまりにも低い。次に死ぬのは、君かも知れないよ」
「そうですね……」
答えた公生は、暗澹たる気持ちになっていた。このペドロという男の見立ては正しい。この島に潜んでいる殺人犯は、小林をあっさり殺してのけたのだ。公生など、抵抗すらできず一瞬で殺せるはずだ。
その時、ペドロの表情が変わった。
「俺は君を、平均以外の能力しか持たない高校生だと判断していた。だがね、俺は間違っていた。君には、普通ではない部分があるよ」
「えっ?」
意外な言葉を投げかけられ、公生はまごついた。自分の普通ではない部分……それは、なんなのだろう。
一方、ペドロは話を続けていく。
「普通の高校生なら、こんな環境に来てしまったらパニックに陥る。泣き叫んだり、逆に凶暴になったとしてもおかしくない。日本の一般的な高校生百人をこの環境に放り込んだら、七割以上は確実に心を病んでしまうはずだ。ところが、君には妙な落ち着きがある。自分の死を、淡々と受け入れる準備があるように見える」
「い、いや、そんなことないですよ」
公生は慌てて否定した。死を受け入れる準備など、した覚えはない。それ以前に死にたくない。
すると、ペドロの目がスッと細くなった。
「自殺未遂の体験が、君に何らかの影響をもたらした可能性はある。だが、それだけとも思えないな。君は面白い。興味が湧いてきたよ。では、ついてきたまえ」
そんなことを言うと、ペドロは向きを変え歩き出した。
公生は、すぐに後を追い尋ねる。
「あの、これから何をするんですか?」
「ヘリコプターが近づいている。間もなく島に着陸するよ。まずは、食料を受け取らないとね」
ふたりは、拓けた草原へとやってきた。昨日、ヘリコプターが着陸した場所である。
同時に、ヘリコプターのローター音が公生の耳にも聞こえてきた。空を見れば、こちらに向かい飛んでくる機体が見える。
その時、背後からガサリという音が聞こえた。公生は、慌てて振り向いた。
そこには、沖田が立っていた。いつの間に近づいてきたのだろう。気配は、全く感じ取れなかった。公生は思わず後ずさる。同行しているペドロはというと、沖田のことなど見てもいなかった。
一方、沖田は静かな表情で口を開く。
「君は、普通の高校生だと言っていたね。なぜここにいる?」
ペドロと同じことを言っている。それはこっちが聞きたいよ……などと心の中で愚痴りつつも、口からは違う言葉が出ていた。
「いや、全然わかりません」
答えたところ、沖田の顔に悲しげな表情が浮かぶ。
「僕は死刑囚だ。ずっと独房で刑の執行を待つ身だった。だから、目を開けた時の風景を見た瞬間、ここが天国なのか……と思ったよ。天国ではなかったけど、独房に比べればずっとマシだよ。けど、君は違うんだよね」
穏やかな口調だった。他の者たちには敵意を剥き出しにしていたし、僕はお前たちとは違う……とも言っていた。だが、公生に向ける顔には優しさと憐れみが感じられる。
根はいい人間なのかもしれない。もっとも、どんな善人であろうが、死刑囚という肩書きを得た時点で、その善性は評価されないが……。
やがて、百目鬼らも姿を現した。しかし、沖田を見るなり表情がこわばる。
「ペドロさん、これはどういうことです? あなたは、沖田くんと行動を共にしていたのですか?」
百目鬼の問いに、ペドロは落ち着いた口調で答える。
「いや、違うよ。それよりも、あれを見たまえ」
直後、森の中を指さす。皆は、何事かとそちらを向いた。
一本の木に、赤い服が引っかかっている。洗濯物でも干すかのような状態だ。上着とズボンが、枝に引っかかりヒラヒラ揺れていた。
奇妙な光景であった。だが、それは奇妙どころではないものだった。
「あれは、小林くんの着ていた服だ。傷の付き方やボタンが取れている箇所が一致している」
ペドロの言葉に、百目鬼らは唖然となっていた。となると、小林を殺した犯人は死体を移動させただけでは飽き足らず、わざわざ服を脱がせて枝にかけておいたのか。
「何が起きている?」
公生は訳がわからず、そっと呟いた。一方、沖田は怪訝な表情で尋ねる。
「小林というのは、あのチンピラですか?」
「君が思い浮かべている人物で間違いないよ。彼は、昨日何者かに殺された。その後、死体が消えてしまったらしい」
ペドロの言葉を聞いた沖田は、クスリと笑う。
次の瞬間、とんでもないセリフが飛び出した。
「もしかしたら、その犯人は僕かもしれません」
「ど、どういうことだ!?」
井川が血相を変え怒鳴ったが、沖田は冷めた表情で答える。
「僕が通りかかった時、あいつ子供みたいにキーキー喚きながら、草を引きちぎってたんだよ。無様な奴だって思って見てたら、八つ当たりみたいな感じで僕に襲いかかってきた。だから殴り倒したんだよ。本当、情けない奴だった。もしかしたら、あの後に脳内出血を起こして死んだかもしれない。ただ、僕が見た時はまだ生きてたし、死体を動かした覚えもないけどね」
横で聞いている公生は、沖田という人間が異常であることを思い知らされた。
先ほどのやり取りで、根はいい人なのかもしれないと思った。だが、人の命を奪ったかもしれないというのに、楽しそうな表情を浮かべている。
やはり、この人間は恐ろしい死刑囚なのだ。しかし、そんな男でもペドロには敬語を使っていた。
「てめえ、人を殺しといてヘラヘラしてんじゃねえ!」
井川が怒鳴った。もっとも、遠くから吠えているだけである。決して近づこうとはしない。
対する沖田は、不敵な表情を浮かべる。
「何言ってるの? あんたヤクザだよね。だったら、今までに人を殺したこともあるでしょ。だいたいさ、社会の寄生虫の分際で道徳を説こうって言うの? それさ、滅茶苦茶カッコ悪いって気づかない? 風俗いってヤることヤったおっさんが、風俗嬢に説教すんのと一緒だよ」
淀みなく出てくる挑発の言葉に、井川は凄まじい形相で睨みつける。しかし、やっぱり近づこうとはしない。
その時、ペドロが口を挟む。
「そろそろヘリが着陸する。食料を受け取るとしよう」




