疑心暗鬼
どうなってるんだよ……。
公生の頭に浮かんだのは、そのセリフであった。実際、何が起きているのか全くわからない。
百目鬼の話によれば、小林の死体はこの場所にあったのだという。倒れているところを、井川が発見し百目鬼らに伝えた。
そして百目鬼らのグループは、全員が死体を見たというのだ。さらに、小林の死を百目鬼が確認している……とも言っていた。
「ふむ。あなたが死を確認したというのなら、間違いないだろう。では、その死体はどこに消えたのかな」
ペドロは呟くような口調で言うと、周りを見回した。
つられて、公生も周りを見てみた。周囲には木が生えており、足元には土だ。他の場所と変わりがない。
いや、違う点もある。地面の草花が踏み荒らされ、蔓草などが散乱しているのだ。
「これは、争った後ですか?」
尋ねた公生に、ペドロが答える。
「いや、これは違うな。小林くんは不愉快な出来事に遭遇し、腹たちまぎれに草を引き抜いた……といったところだろう。しかし妙だね。あなた方が嘘をついているとは思えない。となると、何者かが小林くんを殺害した。次いで、小林くんの死体を移動させたということになる。どうにも不自然なやり方だよ」
言いながら、ペドロは公生に視線を移す。
「そうは思わないかね、公生くん?」
「えっ?」
訳がわからず聞き返した公生。
「今のは、君にもわかるように状況を説明しただけさ。はっきりしているのは、誰かが小林くんを殺した。したがって、我々は気をつけて生活せねばならないということだ」
その時、井川が口を挟む。
「あのボクシング野郎がやったんじゎねえのか?」
「ボクシング野郎とは、沖田くんだね」
確認してきたペドロに、井川は頷いた。
「そう、その沖田だ。あいつ、今どこで何をやってんだよ? あいつだけ単独行動ってのは、怪しくねえか?」
「さあ、どうでしょうね。彼がやった可能性はあります。しかし、証拠はない。とりあえず、断定するのは避けたが無難でしょうね」
百目鬼が言った時。公生の頭に閃くものがあった。同時に叫ぶ──
「すみません! ここには、あとひとりいるかも知れないんですよ!」
「あとひとり? なんでわかるんだよ?」
ドスの効いた声で聞いてきた井川に、公生は怯み下を向いた。このヤクザは、弱いと判断した者にはやたらと強気な気がする。ヤクザという点を抜きにしても、関わりたくないタイプだ。
ここは、何も言わない方が得策か……と思った時、ペドロが公生の肩を叩く。
「君にも、意見を述べる権利はあるよ。思ったこと、気がついたことを言えばいい」
その言葉に、公生はハッとなった。今は人が死んでいるのだ。とりあえずは、見たままを話す。ヤクザを恐れて引いている場合ではない。
「さっきヘリコプターが来た時なんですけど、森の木が変な感じで揺れていたんですよ。あれは、風で動いていたんじゃないんです。誰かが動かしていたとしか思えません」
「本当か? お前の見間違いなんじゃないのか?」
井川が即座に返していく。この男、公生の言うことは全て否定してもいい……と思っているようだ。
言われた公生は、面倒くさくなってきた。井川は、力関係や肩書きのみで言っていることの真偽を判断しているのだろうか。
裏社会で、百人の子分を率いていた大物(?)にしては、あまりにもお粗末な思考ではないか……などと公生が思っていた時、ペドロが口を開く。
「見間違いという可能性も、ないとは言えない。だがね、この状況では様々な事態を想定すべきだ。何せ、君らには何の情報もないわけだからね。公生くんの言っていることを否定するのは、あまりにも愚かではないかな」
理路整然とした言葉に、井川はペドロ何も言えず黙り込む。だが、ペドロはそれだけでは済まさなかった。
「ところで井川さん、先ほど、あなたは百人の子分を指揮する立場だったと言っていた。しかし、あなたの発言や行動を見る限り、百人どころか十人を指揮するのも難しいと思う。少なくとも、俺のいた世界では無理だろう。ヤクザというのは、そんなに楽な稼業なのかな」
穏やかな口調ではある。しかし、井川の顔つきは変わった。怒りを露わにし、ペドロを睨んでいる。
そのまま飛びかかっていくかと思いきや、さっと目線を逸した。やはり、強い者には弱いらしい。
飛びかかっても、百パーセント勝ち目はないけどな……などと公生が思っていると、今まで無言で成り行きを見ていた柳沢が、ようやく口を開く。
「公生くんの言っていたことは、無視できない気がする。俺たちもさっき、森の木が揺れているのを見た。風もないのに、木の一部だけがユサユサ動いていたんだよ。ただ当時は、沖田の仕業だろうと思っていなかった。しかし、その前にもあったとなると、ここには俺たち以外の誰かがいると想定して動いた方がいい」
「私もそう思う。とにかく、今は用心すべきだ」
百目鬼が言った時だった。ペドロが、皆に向かい一礼する。
「謎は解決していないが、今後の方向性はまとまったようだね。では失礼する。俺にとって、小林くんの死には時間を割くほどの価値はないからね」
慇懃無礼な態度で言うと、ペドロの視線は公生に移る。
「では公生くん、行くとしようか。これ以上、我々が話し合ったとしても、実りある結論が出るとは思えない。ついてきたまえ」
そう言うと、百目鬼らを無視して歩き出した。公生は困惑しつつも、彼の後を追っていく。
後に残された百目鬼らは、その後ろ姿を呆然と見ていることしかできなかった。
「あの、ひとつ教えてください。なぜ、僕についてこいと言ったのですか?」
どうにかペドロに追いつき、質問した公生。
今までのやり取りを見る限り、このペドロという男は興味のないものや価値がないと判断したものは、何の躊躇いもなく瞬時に切り捨てる。小林の死、そして死体が消えたという奇怪な事件も、彼は全く関心がない。だからこそ、話を切り上げさっさと歩き出したのだろう。
そんな男が、公生のような平凡な高校生に「ついてきたまえ」と声をかける……この理由は、さすがにわからない。
対するペドロの答えは、意外なものだった。
「簡単だ。まず、君はあまりにも非力で人生経験も少ない。この島で、真っ先に死んでいてもおかしくなかった。まあ、実際に死んだのは小林くんだったがね。君に死なれては困る、それが第一の理由だ」
「死なれては困る? どういうことですか?」
さらにわからなくなった。この男は、他人に情けをかけるとは思えない。
その時、ペドロがクスリと笑った。
「今の君にはわからないし、説明しても信じてもらえないと思う。この島の秘密を語らないのも、それが理由さ」
「えっ……」
それきり、公生は何も言えなくなっていた。島の秘密について、説明しても信じてもらえない、とはどういうことだろう。まさか、怪物だの宇宙人だのという話だろうか。
少しの間を置き、ペドロは話を続けていく。
「もうひとつの理由は、君がここにいる理由だ。今のところ、全く見えてこない。君は、ある日突然に奇妙な島に送られた。周りは凶悪な殺人犯ばかりなわけだが、そうした事態に陥るような心当たりがあるかね?」
「いや、ないです」
そうとしか言えなかった。確かに、他の連中と比べ、公生はあまりにも普通だ。一派社会でひっそりと生活する小市民である。目立った特徴はないし、特筆すべき能力もない。
そんな公生が、凶悪犯らと共に島に送られる……漫画やライトノベルではありがちな設定なのかもしれないが、現実には有り得ない話だ。これだけの人間を何らかの手段で意識を失わせ、島に運ぶ……正確にどのくらいの金と手間がかかるのか、公生にはわからない。だが、かなりの額が必要なのは確かだろう。
その中に、公生のような凡人を加える理由があるのか?
「ふむ、君には心当たりがないか。嘘をついているようには思えないし、俺には君が普通の高校生であるようにしか見えない。となると、君がここにいるのは何か秘密があるようだね」
ペドロは、冷静な口調で語った。公生は、秘密などあるわけがないと思ったが、次の瞬間にある考えが浮かぶ。
「ひょっとして、僕は人違いでここに来てしまったという可能性はありますか? 別の人間が来るはずだったのに、間違えて僕を連れて来てしまった、みたいな」
「その可能性はゼロではない。だがね、この島のお膳立てをした者たちは、有能なプロ集団だ。そんな単純なミスを犯すとは思えない。ただね、もし仮に君が人違いでここに来たのだとすれば、運が悪いにも程があるね」




