8.素晴らしい女性
華闘の後、帰宅するため馬車に向かうウィリアムはモヤモヤとした気持ちを抱えながら歩いていた。
「……ゼー……ハー…ゼー……ウ…ウィリアム……ハー…」
「!?ハリス殿下!?どうかされましたか?」
後ろから苦しそうな呼吸音と疲れ果てた声で名前を呼ばれ、慌てて振り向くとそこには第二皇子のハリスが膝に手を付き身を屈め息を整えようと奮闘していた。
「し、し、し、城まで……の、乗せてくれぇ……!」
「乗せる?ああ、馬車ですか?構いませんが……」
「お、おおお!?ありがとう!流石イケメン心が広い……っ!」
馬車に乗り込み向かい合う2人。ウィリアムはチラリとハリスを見る。公爵家に生まれたがあまり彼とは関わりがない。幼き頃は剣の師匠が同じだった彼の兄である皇太子の遊び相手として王宮に遊びに行くことが多かった。
自分とは違うザ王子様と言わんばかりにキラキラと輝く柔和な笑顔が似合うような人だ。髪色は輝く金色で瞳はエメラルドグリーン――先程闘った女生徒と同じ色合い。
その瞳に魅入っていると息を整え終え視線を上げたハリスとバチリと目が合う。
「急にすまないな。父上に叱られて馬車の使用を禁じられてしまって困っていたんだよ。若いんだから走って行って帰って来いって」
どんな悪さをしたらそんなことになるのか……。
「父上が散髪されていたから、職人に頼んでちょこっとやらせてもらったんだよ。そしたらこうジョキッといっちゃって一部ゲーハーみたいな」
ぶっ!ウィリアムは吹き出した。
げ、ゲーハーって。そりゃあ怒られるはずだ。髪の毛が伸びるまでそこの部分を陛下はどうされるんだろうか。
「そんな些末なことはさておき」
些末!?
「リリベルは強かっただろう?」
ドキリ。
先程思い浮かべた女性の名前を出されてウィリアムは一瞬言葉に詰まる。
「……はい。言い方は好ましくないかもしれませんが、女性とは思えぬ程に。流石フライア公爵家のご令嬢です」
サラテナ帝国の3つの公爵家は一般的にこう言われている。
知のラミア公爵家
武のリース公爵家
全能のフライア公爵家
実際はどの公爵家も知も武も十分兼ね備えてはいるが、フライア公爵家というのは別格扱いなのだ。皇家とも関わりが深く色合いも皇家と同じである。
「いやいや、あのリリベルと引き分けるなど君も凄いものだよ。流石戦争を勝ち抜いた武人だね」
「滅相もありません。女性と引き分けるなど自分の未熟さを痛感しているところです」
サラテナ帝国は大陸一の帝国だが、たまあに周辺国が反旗を翻すことがある。ウィリアムは中等部の途中で戦場に行き、3年程戦場で戦い1カ月前に帰還、学園に復学した。
ついこの前まで戦場にいた人間が女性に剣を突きつけられるなど、あってはならぬことだ。
「フライア公爵家は鍛え方が違う。君は別の戦場にいたから知らないかもしれないけれどリリベルも戦場に出たことがあるんだよ。女性だからと甘えたことはフライア家においては許されないからね。
それに応えられる彼女はもう化け物並みに有能だよ。武だけでなく全てにおいてね――それはもう妬ましい程に」
ねっとりとした声の響きにウィリアムはぞくりと背中に悪寒が走ったのを感じた。馬車の中の温度が下がった気がする。彼女のことが嫌いなのだろうか。
「だがあいつは阿呆だ。凄まじく阿呆だ」
「は?」
真顔になり早口でまくし立てるハリスに言葉を失うウィリアム。
「あれだけのものを持っていながらあんな義妹に邪な想いを抱いているタバサ伯爵家の息子の嫁になる?はっはっはっ何を戯けたことを!なあそう思わないか?ウィリアム?」
「え?」
「男運が悪いと言われたくない!?はっ!そんなふざけた理由で人生を棒に振ろうとするなんて、なんて阿呆なやつなんだ!剣を打ち合わせてわかっただろうあいつがどれだけいい女か!?」
「え!?」
いやいや、わかったのは素晴らしい剣技をお持ちだということくらいなのだが。まあ、かなりの美人でスタイルの方も…………。そういう意味では文句無しのいい女と言えるのか?
「人の心はままならない!それは仕方がない!だが、義妹ばかり優先し婚約者を蔑ろにするようなあんな男にリリベルは勿体ない!なあそう思うだろう!?」
「うおっ!?」
肩をがしりと掴まれ思わず声が出てしまう。えーっとちょっと整理しよう。戦場にいたので今の社交界のことを言われてもあまりわからない。
とりあえず先程の美人さんには婚約者がいてその相手は義妹に懸想している。義妹ばかり優先して美人さんは蔑ろにされているということで良いだろうか。
そしてその婚約者はタバサ伯爵家の息子――確かマルコだったか。そう言えば同じクラスにいた気がする。特に突出したところがない印象だった。
優しげな笑みを浮かべ、友人とも朗らかに談笑していた。婚約者を蔑ろにするような感じには見えなかったが……
もしかしたら自分は見る目がないのだろうか。
「うっ!?」
頭の中の整理が済み意識が浮上したウィリアムの面前にはハリスの麗しい顔が。キラキラと何やら期待の籠った眼差しで自分の瞳を覗き込んでいる。
「!?????」
「阿呆ではあるが超絶完璧で愛嬌のあるリリベルにあのクソ男はもったいないと思うよな?」
「ま、まあ?」
「だよなだよな。で、リリベルのことはどう思った?」
「?えっと……とても美しく剣の技術も素晴らしく……」
「だよなだよな!あとスタイルも抜群だ!ボンキュッボン、パーフェクトボディだ!」
「で、殿下女性の身体をあまり言葉にするのは」
「おお、すまない!だがそれだけではない」
真面目な顔をするハリス。
「優しく人の思いを大切にするが芯のある強い女性だ」
それは確かに感じた。
人に好かれていることがわかるたくさんの歓声。
予期せぬ突然の出来事だったのだろう。少々挙動不審だったが事態を飲み込み雰囲気を壊さぬよう自分と向かい合う彼女。
向き合った後、家名を背負う強く逞しく華麗な公爵令嬢へと変貌を遂げた女傑。
自分は武人だ。剣で感じるものがある。剣を打ち合って思った。
その気高さを
美しさを
聡明さを――。
「……素晴らしい女性だと思います」
ポロリと溢れた言葉を聞いたハリスはニヤリと口元を綻ばせた。




