69.王子の婚約解消事情
~フライア公爵邸~
リリベルはリース公爵邸から帰宅し自室の扉を開けた。
今日も疲れた。
未来の義母は嫌味、冷たい視線と今日も絶好調だった。
だが
間違ったことは言わないし、理不尽なことも言わない。流石公爵家を取り仕切る女主人と言ったところか。
着替え前でお行儀が悪いが横になろうとベッドに視線を向けぎょっとする。
あれは…………
なんぞ?
普段は平らなベッドだが何やらこんもりと膨れている。そして何やらもぞもぞとしている。夜這いを企む不埒な輩や暗殺者が潜伏しているにはお粗末すぎる。
というかこんなことをするのは一人しかいない。
「何よキャシー。お母様にお説教でも食らったの?何したのよ」
バッと掛け布団を取っ払うと現れたのはキャシーだった。
「怒られてないわよぉ。ちょっと疲れたから横になってただけよ」
学園での重苦しい空気。幸運なことに鐘の音が鳴り、では……と解散となったがあれはもうなんとも言えぬ疲労感をキャシーにもたらした。
「自分の部屋で寝なさいよ」
「話聞いてよ~」
「聞いても良いけど、恋の悩みはなんの役にも立たないわよ」
「言ってて虚しくない?」
「事実だから仕方ないでしょ?」
「…………………………」
「何よ?」
呆れたような表情の中にどこか寂しさを感じたリリベルはキャシーの隣に腰を下ろす。
「姉様も私と一緒で大輪が咲き誇らんばかりに美人よね。私……彼女みたいに顔立ちが普通で穏やかだったら彼に好かれたのかしら」
「は?」
「私ってすっごい美人だし、権力ある家の生まれだし、金持ちだし、こう自信に溢れているじゃない?光り輝くばかりの眩しさじゃない?彼女みたいな陽だまりのようなほんわかしたところがあれば良かったのにと思って」
「…………………………」
何を言っているのだこの目の前の妹は。
いや、まあ事実なのだが。うん。
「2人は婚約解消したとはいえあまり良い別れ方じゃなかったじゃない?それなのに憎むどころかこんなにいい女に好意を寄せられているのにうじうじうじうじといつまでも彼女を忘れられないなんて……よっぽど彼女が好みなのよ」
あなた本当に彼のこと好きなのよね?うじうじうじうじのところがやけに念を感じるような気がする。そう言いかけて口を閉ざす。
それはさておき
「確かペネロペ様の方から一方的に婚約解消を言い出してゴリ押ししたんだったかしら?」
「そうよ。ロジェミア様は猛抗議したけれどどうにもできなかったみたいね」
「そりゃあ帝国が味方についてりゃ属国になす術はないわよね」
もともと2人の婚約はロジェミアがペネロペに一目惚れしたことから成り立ったものだった。当時ペネロペの生家であるピース家は小金持ち程度だった。
だが1年後事業に成功したピース家は大金持ちとなった。
すると何が起きたか。
ピース家の援助により力をつけたら嫌だなーというアピールをやんわりと皇帝が始めた。決して婚約解消しろなどとは命令もしなければ口にもしない。
ただ今まで興味も交流もなかったピース家の当主を宮殿に呼び――
最近頑張ってるね。
いいね。いいね。
うちも税収助かっちゃってるよ~。
ところで君のところの娘は隣国と婚約してたよね~。
最近どうなの?
的な話をしただけだ。
だが聡い当主は悟った。笑顔で皇帝と談笑し部屋を出た彼を見た衛兵たちは語る。彼を背に扉がパタンと閉まるとその顔は酷く青褪めていき、競歩ばりの速度で王宮を歩いて去っていったと。
その後の行動も早かった。隣国と国内にいるロジェミアに婚約解消の手紙を携えた使者を送った。
――娘に断りなく勝手に。
事後報告をされたペネロペはなんの瑕疵もない王子に失礼だと激怒した。娘ラブの父親だったが皇帝を敵に回すのだけは避けたかった。
それに何も策を考えずに無茶をしたわけではない。父親には彼女の怒りを収める秘策があった。
娘が惚れている相手との婚約を許可する――という。
もともとペネロペは伯爵家出身の幼馴染の男の子に幼い頃より恋をしていた。ちなみに両想い。だが悲しいかな、彼の家はギャンブル好きの父親のせいで破滅した。
酒に溺れ体調を崩した父親はこの世を去り、母親は彼を捨てて逃げていった。息子同然に彼を可愛がっていたピース伯爵は彼を使用人として引き取った。
娘と彼が惹かれ合っているのはわかっていたが、立場が違うからと本人達が自分の心に蓋をしたことでほっと胸を撫で下ろした。
隣国からの申し出はまあ一応一国の王子の申し出だしベタ惚れっぽいしとOKしたのだが……世の中とはどう転がっていくかわからないものだ。
皇帝の怒りを買うくらいであれば、立場が違おうと娘が惚れた相手とくっつけた方がマシである。しかも彼はなかなかの好青年で仕事もできるし、情もある。
伯爵の目論見通りペネロペは黙った。
慌ててロジェミアがピース家にやって来たとき、彼女は口を開いた。他に好きな人がいると。
ガーン……と音が聞こえそうなほどショックを受けているロジェミアには悪いと思ったが、ペネロペにとってこれはチャンスだった。
1年程の付き合いのある婚約者。
優しい男だとは思ったが、そこまでの情はなかった。
ペネロペにベタ惚れなロジェミアは彼女の幸せを祈って身を引いた。慰謝料も何もなし。円満な婚約解消
だそう。
あたかも見てきたかのような詳細がわかるのはふんだんにお金を使った為だった。ちなみにそれがエレノアにバレた時無駄遣いするなと特大の雷が落ちたりなんかしたものだった。




