67.隣国の事情
下を向いてしまったキャシーをじっと見つめながらリリベルは気づかれないように少しだけ息を吐き出す。
残念ながらキャシーの耳に届き更に下を向いてしまう。
自分だってわかっている。なぜ皆が反対するのか。
「バードはあなたと婚姻したら公爵家の援助で愛人を何人も抱えて養うって宣言してるのよ?なぜお母様やお姉様、家を支える者達が稼いだ金をあなたの旦那の愛人の為に使わなきゃいけないのよ」
「……愛人を抱えるかなんて結婚してみないとわからないじゃない。考えを変えさせることができるかもしれない。でもそもそも愛人がいる貴族なんてたくさんいるじゃない」
御尤もである。
妻以外の女性と関係をもつ男性のなんと多いことか。自由になる金や整った容姿等は人を惹きつける。
とはいうもののそれを容認する必要はない。
「考えを変える気がないから馬鹿なことを宣言しているんでしょう?我が家は低位貴族、貧乏貴族じゃないのよ?なあんでそんなふざけたことを容認しないといけないのよ?婚約すればフライア公爵家がふざけた戯言に同意したことになるんだからお母様が認めるわけないでしょ」
「まだ好きにはなってないわよ。ただちょっと気になるだけで……」
女好きだろうがなんだろうが真っ直ぐ自分を見つめる目はどの女性を見るよりも熱い熱がこもっている。自分を求めているのがわかる。
自分が好きな人は他の女性を好いているのだ。その虚しさを彼の好意が埋めてくれる。
「ふぅ~ん……ならいいけど。もう一人の方がもっと問題だからね」
「………………」
ロジェミア王子。自分に心など寄せていないのに心を寄せられていることを察しそれを利用しようとする性悪男。
「ロジェミア王子は隣国の王子よ。隣国は帝国の属国なのよ?帝国の大貴族フライア公爵家の娘が第二王子の嫁になんて色々とバランスが崩れてしまうわ。あなたが彼と結ばれるなんて論外!大・論・外!」
帝国は隣国に厳しい態度を取っている。
なぜなら隣国は同盟を破り一方的に難癖つけてきて攻めてきたからだ。エレノア命のフライア家の婿殿が圧倒的な力でさっさと制圧したから死傷者は少なかったが、帝国としてはお前ふざけんなよだった。
その後同盟国から属国に格下げ、莫大な慰謝料を払わせ帝国から監督官を派遣。隣国は帝国の支配下に置かれた。帝国に楯突いた彼らは他の同盟国から総スカン。今は慰謝料をぶんどったはずの帝国がお情けとして隣国に支援を送っている状態である。
そんな隣国の王子に帝国の大貴族フライア公爵家の娘が嫁入り。帝国としても色々と見直す必要がある。支援金を増やしたり、同盟国に戻したり等々。正直そんなことしたくございませんというのが帝国の意見である。
そして隣国としても少々面倒とみなされている。
「それに隣国の皇太子妃様はどんな顔してりゃいいのよ?」
「別に普通に次期王妃として普通にしてればいいじゃない。私はあくまで第二王子妃なんだから。それに相手は一国のお姫様、私は公爵令嬢。どちらが上か明白でしょ?」
「うちだけでも潰せる弱小国のお姫様があなたより上のわけないでしょうが」
リリベルからの呆れたような視線をしれっと受け流す。
もちろんわかっている。
ロジェミアの兄は隣国の皇太子。少し年の離れた兄弟で彼はもう既に自国と同じく帝国の属国である弱小国の王女を娶っている。
何度か見かけたことがあるのだが――。
「一国の姫だからって威張り散らす女ならあなた相手だろうと物申せたかもしれないけれど、あれだけ弱々しい方では…………あなたが後宮の主人になっちゃうわよ」
彼女はおどおどとし、挙動不審だった。
隣国の王妃はロジェミアを産んだ際に亡くなっている。王は新たに王妃を迎えなかったため皇太子妃である彼女が王妃の業務もこなしている。
「人の前に立つのは苦手なんでしょうけどそれ以外の仕事は完璧な方なのにね。そうだわ!私が表に立ち彼女は裏で活躍するということでいいじゃない!」
「え?手柄だけ横取りするつもり?そりゃあ何事も裏で支えてくれる方がいてこそ成果はでるものでしょうけど、王妃は表に立って行動したことが評価される傾向にあることわかってる?」
「……適材適所って言って」
わかってるやい。ちょっとおちゃめ心で言ってみただけなのにそんな真面目な顔で諭さないでほしい。
「あなたみたいな態度もでかけりゃ実家もデカい。更に顔も派手派手しい人間が側にいたら彼女気絶しちゃうんじゃないの?」
「お姉様ちょっとは言葉を選びましょうよ」
「選ぶも何も事実じゃない。あなただって知ってるでしょ?隣国の皇太子妃を溺愛する父親が彼女の嫁入り先には何よりも貧乏さを重視したって」
姉よ。
本当に言葉を選びなさいよ。
「貧乏さじゃなくて落ちぶれ具合から選んだんでしょ」
「あなたこそ言葉を選びなさいよ」
どっちもどっちだ。
2人はお互いの顔を見合わせると沈黙した。
2人が言っていることは間違っていない。人見知りが激しく人とうまく交流することができない娘の嫁ぎ先として父王が一番心に留め置いたのは――社交の少なさだった。
隣国は貧乏だった。貧乏であれば最小限のパーティーしか開けない。
父王はそう考えた。
隣国の皇太子夫婦の結婚は人とうまくコミュニケーションが取れない娘を案じた父王の猛アプローチによって成し得たものだった。




