66.不機嫌
そろそろと上がるキャシーの白く美しい手。
その手はロジェミアの手に重なる
――――ことはなく
ぐぎ。
キャシーの指が何かにあたり曲がった。
「いったーい!」
悲鳴をあげた後ギロリとあたったもの……筋肉質な腹部の持ち主の顔を睨みつける。
「おっと、すまないキャシー。でも君が指を伸ばしてきたんだろう?ぼーっとしていたら危ないぞ。ちゃんと前は見ないと」
幼子扱いしないでよ!そう叫びそうになるのを堪える。
自分を幼子扱いする男――ウィリアムをギロリと睨みつける。怖がるどころか困ったような表情を浮かべる彼だったがふとキャシーから視線を外すと精悍な顔つきに戻る。
ひたとお目当ての人を見据えると僅かに口元に笑みを浮かべ軽く会釈する。ふわりと余裕のある笑みを浮かべ胸に手を当て頭を下げる。
その優雅な所作に女性陣から堪えきれぬ眼福と言わんばかりの悲鳴が漏れる。笑みを向けられたロジェミアはまるで自分との男としての差を見せつけられたようでその様に口元を引きつらせる。
「ウィリアムお義兄様何しにいらっしゃったの?」
自分の男ぶりを隣国の王子に見せつける将来の義兄に呆れた視線で彼を見上げるキャシーの目には先程は逃げたくせにと責めるような色が見える。
「将来の義妹に挨拶するのは当然のことだろう?ご機嫌ようキャシー。今日もとても美しいな。まあリリベルの美しさには敵わないが」
「………………一言余計よ。ご機嫌ようお義兄様」
「フライア公爵令嬢一曲お相手願えますか?」
少し不機嫌気味に口を尖らせながらもちゃんと挨拶したキャシー。その様子を見てウィリアムは安堵の笑みを漏らす。
とはいうもののやはり機嫌は悪そうだ。ロジェミアの人を惑わすようななんとも気味の悪い雰囲気にキャシーが乗っかってしまいそうだったので割って入ったのだが相手をしてもらえるだろうか。
「………………もちろん喜んで」
言葉とは裏腹に冷たい声音には目を瞑ろう。
ウィリアムはキャシーの手を取り、ダンスの輪に加わった。
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翌日、キャシーは姉リリベルの私室に飛び込んだ。
「リリベルお姉様!」
「……何よ」
バンッ!と派手な音をたてながら開かれた扉にリリベルは不愉快そうな顔をしながら可愛い妹を嫌々迎えた。
「ちょっと婚約者にどんな教育してるのよ!」
「はあ?婚約者の教育は私の仕事ではないわ。ウィリアムはリース公爵家の跡取りとしてたくさんの立派な教育係がついているんだから」
全く何を言っているのかと首を振るリリベルにキャシーはムッとする。
「わかってるわよ!そういうことじゃないわよ!」
しっかりと話をしようとズカズカと歩き出し、リリベルの部屋にある椅子に勝手にどかりと座る。
「お姉様でしょ?」
「何が?」
「ウィリアムお義兄様にロジェミア王子やバードとの仲を邪魔させたことよ!ううん、お姉様達というべきかしら」
昨夜ウィリアムと踊った後、バードとロジェミアがキャシーに近づいてきた。だがさっと彼らとの間に入ってきたのはマーシャの婚約者であるルシアンだった。
そして彼と踊った後再び二人が近づいてくると今度はウィリアムがという具合で結局二人とはダンスをすることはできなかった。
「私が誰と踊ろうと勝手でしょ!?邪魔しないでよ!というかウィリアムお義兄様とルシアンお義兄様が交互で何度も私にダンスを申し込んでくるから周りから変な目で見られたわよ!?どうしてくれるのよ!?」
椅子から転げ落ちんばかりに身を乗り出すキャシーを冷たい眼差しで見ていたリリベルはカップを持ち上げコクリと紅茶を口にする。
「変な目じゃないでしょ?」
「う……」
「私たちの言動が傲慢なのも身勝手なのも奇行も今に始まったことではないわ」
至極真面目な顔で言い切るが言っていることは至極変だ。
「…………そんなに私が彼らのどちらかと結ばれるのは嫌?」
未来のフライア公爵の婚約者がキャシーと2人の仲を邪魔した。
未来のリース公爵がキャシーと2人の仲を邪魔した。
その行動に対するエレノアからのお叱りはなし。
これはマーシャとリリベルそしてエレノアが彼らとの仲を反対していること、ウィリアムがそれに同調しているということを明確に表している。
即ちフライア公爵家とリース公爵家という国屈指の大家がキャシーがロジェミア又はバードと結ばれることは許さないということを皆にはっきりと示したのだ。
「お姉様たちだって散々変な婚約者と関わって家名に泥を塗ってきたのに、私だけ許されないなんて不公平だわ」
きっとリリベルを睨みつけるがその目には力はない。そしてその声音もどこか弱々しい。
「――まあ私たちが好き勝手したことは認めるし、家名を貶めたことも認めるわ。でも私たちとあなたの違いがわからないほどあなたが愚かだとは私は思っていないわよ?」
真っ直ぐ向けられる視線にさっとキャシーは下を向く。酷いことを言ってしまったことへの罪悪感。そして姉や周囲の者たちが反対していることを頭ではわかっているのに心が言うことをきいてくれない気まずさからリリベルを直視することができなかった。




