65.恋する相手
そうバードの問題点は女癖の悪さ。キャシーへの想いは恐らく本物だが彼女一人にその愛を注ぐ気はないそう。
普通の貴族であれば格上の公爵家の娘を娶りたいと申し出る際には身辺整理をするものである。まあリリベルの婚約者であったマルコもマーシャの婚約者であったルイスも他に女がいたが彼女たちは彼らにとって最愛の人。
フライア公爵家の威光すら霞む程に愛する人なので手放さないのも虫酸が走るが一応理解はできる。
だがバードは違う。
「僕はたくさんの女性と繋がっていたいんだ。女性の温もりがないと不安で不安で仕方ないんだ。君のことは心の底から愛している。こんなに愛しているのは君一人だけだ。だが他にも女性を侍らせることを許してほしい。だって君はフライア公爵家の娘だ。きっと僕を置いて外出したり、僕を放って仕事をすることがあるだろう?その時僕は一人だ。そんなの耐えられない」
クソだ。
根っからの女好きのクソだ。
周囲にいた者たちはぎょっとし、キャシーの顔から視線をそらす。なぜか?彼女の目は氷のように冷たく見ていたら凍ってしまいそうだから。
キャシーに愛の告白をしながら愛人作ります宣言。100歩譲って自分が貧乏低位貴族の娘であり彼が実家への資金援助、借金を返済してくれる、命の恩人等々何らかの理由で頭が上がらないのならわかる。
全くわかりたくないと言いたいところだが貴族社会とはそんなものだ。弱きものは強きものに従うしかない。
だが自分とバードの場合は自分で言うのもなんだが私の方が格上だ。
バードは少し……いや、かなり変わり者と言える。
キャシーだってこんな変人とは縁を切るべきだと思っている。彼の求愛を受け入れるなんて有り得ないとわかっている。
わかっているのだが……ちらりとバードの顔を仰ぎ見る。視線に気づいたバードがニコリと微笑みキャシーと眼差しが交錯する。
――文句なしに美形なのよね。
残念なことにキャシーは極度の美形好きだった。
「キャシー殿、ご機嫌麗しゅう」
誰もが声をかけるのをためらう中、再び男の声がした。その声にバードは一瞬笑顔を強張らせる。
そしてキャシーの胸は早鐘を打つ。軽くドレスや髪の毛を整えてから声の方を振り向く。
そこにはこれまたバードに引けを取らぬ美しさを誇る男が立っていた。隣国エバリン王国特有の濃い青色の髪の毛と瞳。すらっと伸びた手足は女性も羨むほど白くバランスが取れている。中性的な美貌から漏れる色気は女性よりも男性の方が虜になりそうだ。
「ご機嫌よう、ロジェミア王子様」
彼はサラテナ帝国の隣国に位置するエバリン王国の第二王子御年20歳だ。
「今宵のあなたも真に美しい。是非ともあちらで一曲お相手願いたい」
じっと見つめられキャシーの頰が僅かに赤く染まる。
なぜ頰が染まるのか――それは彼がキャシーの想い人だから。
差し出された手に誘われるように自らの手を動かそうとしたが、ドンッとロジェミアがバードに体当りされよろける。
「キャシー僕の方が先に君に挨拶したんだよ?当然先に僕と踊るよね?」
そう言って差し出される手。
その横には引き攣った笑みを浮かべながら再び差し出されたロジェミアの手がある。
キャシーはロジェミアが好きだ。だからもちろん彼の手を取りたい。彼の手を取ろうと動かそうとした手が動くのをやめピタリと止まる。
キャシーはロジェミアの顔を一心に見つめるが彼の視線はキャシーには向いていない。先程までは色気ダダ漏れの瞳で自分を見ていたというのに。
彼が見ているのは――キャシーは彼が見ている方に視線を向ける。
キャシーに声をかけたい人集りの中にその人はいた。
そこにいたのは淡いピンク色の髪の毛と瞳を持つ甘いお菓子のような印象を与える可愛らしい女性。纏う雰囲気もふわふわと暖かく側にいると心地良さそうだ。
キャシーが唇を噛みしめると同時にその女性と目が合う。
ぼっと顔を真っ赤にし、頭を下げる女性に唇から力を抜きなんとか微笑みを浮かべる。その途端きゃあと上がる歓喜の悲鳴。
ああ、哀しいかな。なぜ愛しい彼の想い人に笑みなど浮かべているのだろうか。
彼女はペネロペ・ピース伯爵令嬢。それなりに繁盛している商店を営むお金持ちだ。
そして
ロジェミアの元婚約者。
彼らの婚約が解消となってから2年経過しているが、彼は彼女のことが忘れられないよう。ペネロペからロジェミアに視線を移すも彼はまだ彼女を熱い眼差しで見つめている。
そんなロジェミアをじーっと刺すような視線で見続けるキャシー。数秒後その視線に気づきしまったと顔を強張らせるが即座に甘い微笑みを浮かべる彼。
今更そんな顔しても無駄なんだから。あなたの心が自分に向いていないことはバレバレなんだからね。
無駄。無駄。
そう無駄………。
「キャシー殿、ダンスの気分でないようですね。お疲れであればあちらのバルコニーでお話しませんか?二人っきりで」
…………なぜ顔がこんなに整っているのだろう。真っ直ぐに向けられる視線。誘いの言葉。自分に気持ちなどないことはわかっているのに、きっと自分が持っているものに近づいてきてるだけなのに、胸が高鳴るのを止められない。




