56.魅力的な自分
やった!やってやったぞ!
馬車の中でルイスはブルブルと歓喜から震えていた。彼の浮かべる表情からは罪悪感などは一切感じられない。
胸ポケットから丁寧に先程盗んだネックレスを取り出す。そっと中心にある大きなダイヤに触れる。こんなに美しいダイヤに触れたのは始めてだ。
いや、その周囲に散りばめられた小ぶりのダイヤモンドでさえルイスが手軽に買えるものではないだろう。
社交の場で金持ち連中やマーシャがつけているのを見たことがあるくらいだ。
ゴクリと喉が鳴る。少しだけユリアに渡すのが惜しいとか思ってしまった。
ぶんぶんと首を振り邪な気持ちを頭から追い出す。惜しいなんて思う必要はない。マーシャと結婚したらこんなレベルのものが当たり前になるのだ。そもそも彼女のものは自分のものということ。先程見たたくさんのアクセサリーも自分のもの。
こんなダイヤの首飾り一つを惜しいなどと何を考えているんだか。
あーこれを受け取った時のユリアの笑顔が楽しみだ。
そして、ついに自分たちは心だけでなく身体も結ばれるのだ。
「……ぐふっ」
ルイスの口から堪えきれぬ笑い声が漏れた。
~~~~~~~~~~
「……………………」
言葉は出ず出たのはゴクリと唾を飲み込む音だけ。
ルイスが来たとの知らせがあり部屋に通したユリアの視線は一度も彼に向けられることはなくその手にある首飾りにひたすら向けられている。
「美しいだろう?」
ふふんとどこか鼻高々といったルイスの顔を見るのはユリア付きの侍女のみ。2人の関係、やりとりを見てきた彼女たちの顔が真っ青になっていることに2人は気づかない。
ユリアは一応声はちゃんと聞いているようでぶんぶんと頭を縦に振る。
「さあつけてあげるからこちらへおいで」
ふらふらと誘われるようにルイスの元へ足を運ぶユリア。ルイスは目を輝かせる。彼女が自分から近づいてくれるなんて初めてじゃないか?
目の前に立ったユリアの首に正面から手を伸ばし後ろで金具をとめる。顔が触れ合わんばかりの距離、なんならこう胸が軽く当たっている。ああいい匂いがする。
カチリと音がし金具が止まる。押し倒したいくらいだが一歩下がり一旦距離を置く。がっつくなんてスマートではない。
キラキラと輝くダイヤを何度も撫でるユリア。そういえば先程から一言も言葉を発していない。人とは歓喜も極まれば言葉も出ないものなのだな、とルイスはその喜びを与えた自分が誇らしくなる。
「マーシャのやつたくさんアクセサリーを持っていたよ。あれだけたくさんあるなら一つくらいなくなったって気づかないよ。だから安心してくれ」
「こんなものをたくさん……」
今日初めて口にした言葉に含まれるは嫉妬というドロドロとした感情。輝いていた目も曇る。
「ああ。あれが自分のものになると思ったら笑いを堪えるのが大変だったよ。結婚したらもっとたくさん盗ってこれる……いや、君にプレゼントすることができるから楽しみにしていてくれよ」
盗るじゃない。だって自分はフライア公爵家の一員になるのだ。
「嬉しい!」
このレベルのものがいくつも自分のものに?ルイスの言葉に再び目を輝かせるユリア。
野心だけはあるが才能のない父。婚約者は侯爵家の坊ちゃんだがお金はない。というかあったとしても真面目でお固い彼は高価なアクセサリーを何個もポンポンと買ってはくれないだろう。
これから先手に入るはずもなかった高価な宝石たち。それがこの男から融通される。
にやりと口が笑みの形を彩る。
たまたま昔ちょっとからかってやったルイスがあのフライア公爵家の長女の婚約者になった。昔から自分に夢中な男。何もかも持っている彼女が妬ましくてわざと近寄りちょっと目をうるうるさせて寂しいと言ったらはい、もう奴隷ちゃんの出来上がり。
デートの度彼に置いていかれる彼女を見るのが愉しくて愉しくて仕方なかった。だからちょっとばかりご褒美として身体を触らせてやったら更に自分に夢中。
ただ心を満たすためだけの道具が金を生み出す道具になるとは嬉しい限りである。
「……な、なあ約束覚えている?」
ギラギラと欲望に塗れた目と人を馬鹿にしたような目が交錯する。
ああそう言えば彼の顔を見たのは今日初めてかもしれない。彼を受け入れたらこんな素晴らしいものがいくつも……。
もちろん!と言いたいところだが恥ずかしそうにコクリと頷くにとどめる。それと同時に押し倒される身体と覆い被さってくる男の身体。
ルシアンに悪い?
マーシャに悪い?
そんなこと一切思わない。
これは自分が魅力的だから仕方ないのだ。私の魅力の方が高いから。
婚約者はそれなりに顔もいいし家柄もいい、だがいい大人が身体の関係をもとうとしないし、高価な贈り物もない。侯爵家の婚約者としてふさわしいでっかいでっかい誰もが見惚れるような宝石が欲しいのに。
結婚はもちろんする。ルイスはあの女の男だから価値があるのだ。奪うつもりなどない。あ、心は奪ってしまったけれど。
自分は侯爵夫人になるのだ。男爵令嬢が侯爵夫人に。ふふっ。
そして公爵の夫が私の愛人。
高貴な男たちがこぞって私を求めるのよ。
ああなんて愉しいんだろう。
なんて自分は罪深いのだろう。
野心ばかりの馬鹿な両親は嫌いだが、強運、可愛い顔に産んでくれたことだけは感謝である。




