55.実行
フライア公爵邸では今日も朝から使用人たちが手早くかつ優雅に屋敷を磨き上げていく。テキパキと働く彼女たちの側ではマーシャがソファに腰掛けながらすごい勢いで書類を捌いていく。
♪~♪~♪~
「あらお姉様ご機嫌じゃない」
「わかる?」
側を通りかかって足を止めたのはリリベルだった。その手には何かが抱えられている。
「それだけ上機嫌に鼻唄を歌っていればね」
「ふふふふふ。リリベルあなたは目の下にクマができているわね。せっかくの美貌がもったいない」
「ほほほほほ、美貌なんてまた取り戻せるからよろしいのよ!それよりもこれを見てよ!3日飲まず食わずで仕上げた絵よ!何回も描き直してついに完成したの!どうかしら!?」
どうだ!とマーシャの面前に出されたのは庭園の絵。様々な花が咲き乱れ蝶が舞い飛び非常に美しい。本物と見まごうばかりの花々にため息を零さずにいられる者はどれほどいるだろうか。
「あんのババアと絵画勝負をすることになってね!この出来ならぜっっったいに負けないわ!あのレッドダイヤモンドは私が頂くんだから!」
その言葉にぎょっとするマーシャ。リース公爵家が所有するレッドダイヤモンドといえば代々女主人が世襲する指輪についていたはず。
即ちそれを賭けるとは既にリリベルを認めているということ。なんやかんやぶつかり合っているようで非常にうまくいっているようで何よりだ。
「何よお姉様ニヤニヤして」
「別にー」
「?」
「マーシャ様」
深追いしようとしたリリベルの言葉は口から出ることはなかった。侍女がマーシャの名を呼んだからだ。
「ルイス様がお見えです」
「彼がここに来るなんて初めてじゃない?お姉様約束してたの?」
リリベルが怪訝な顔をしながら姉を見る。
「いいえ」
「いいえ!?約束なしに押しかけてきたってわけ?伯爵家の浮気野郎が格上の公爵家に!?どんだけ急ぎの用なのよ……」
「きっと大事な用なのよ」
「ふーん……」
そうとてもとても大事な用。
彼にとっては――――だが。
す、と静かに立ち上がり婚約者を出迎えに玄関に向かって歩き出した姉を見送るリリベルは苦い笑みを零していた。
なぜならマーシャの顔が何やら企んでいるような顔だったから。
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「やあマーシャ、突然来てすまないね」
来客室に通されていたルイスがマーシャの姿を見て慌てて腰を上げようとするのを手で制する。
「構いませんわ。あなたは私の婚約者なのだから。いずれかは私の夫としてここに住むのだから慣れておかなければね」
「そう言ってもらえて良かったよ。いや特に何か用事があったわけじゃないんだが、えーーーーっと……きゅ、急に君の顔が見たくなってしまってね!いやあ本当に君はいつ見ても美しいなあ。本当に自慢の婚約者だよ」
「まあそんな当たり前のことを今更言われましても」
ころころと笑いながらルイスの前にある椅子に腰掛ける。
「え?あ?そ、そうだね」
いつも褒めればゆったりと微笑むマーシャの予想外の言葉にあたふたするルイス。そんな彼の様子などお構いなしにマーシャは再び口を開く。
「ルイス様が約束なしに我が家に来るのは初めてですわね。将来住むことになる公爵邸はどうですか?気に入りましたか?」
その言葉にごくりと息を呑むルイス。その視線はそわそわと値踏みするかのように家具や装飾に向けられる。自分の家では決して見ることのできない高価なものばかり。これが自分のものになるのだ。ニヤけそうになる口元を懸命に堪える。
視線を前に向ければ女神も嫉妬するであろう美貌。
金、美しい女。
近い将来手に入るもの。自分はなんと幸せ者なのだろうか。それに心から愛し愛される相手までいるのだから。
「もちろん気に入ったよ!本当に素晴らしい!……き、きっとこの屋敷にあるアクセサリーたちも素晴らしいんだろうなぁ……君はいつも素敵なものを身に着けているしね!マ、マーシャよかったらそれらも見せてくれないかな!?」
内容もさることながら急に汗をだらだらとかきながら早口で捲し立てるルイスに傍に控えていた侍女や護衛たちの頰がほんの少しだけピクリと動く。
「あら、素敵だなんて嬉しいわ!今から用意させるから少し待っていてちょうだい」
怪しさしか感じないお願いにふわりと美しい微笑みを浮かべる主の言葉に今度は一切表情を変えることなく頭を下げ部屋を出ていく侍女たちだった。
それから数十分後。
「…………………………す、すごいね」
ごくりと唾を飲み込むルイスの前にはずらぁとテーブルに置かれた高価なアクセサリー。置いてあったテーブルでは足りなかったので追加のテーブルまで運び込まれた。
ルイスがユリアと行く宝石店でもこんなに高価なものがズラリと並んだところを見たことなどない。圧倒されてしまったがユリアのことを思い出し慌ててどれを頂こうかと物色する。
これだけ素晴らしいものならどれを盗ってもユリアは納得するだろう。それにこれだけあるのだから一つくらい盗っても絶対にバレない。
目をキョロキョロキョロキョロさせる婚約者を見てマーシャは笑みを深める。
「ああ申し訳ございません。妹に大事なことを伝えるのを忘れてしまいましたわ。少し席を外しても良いかしら」
チャンス!
申し訳なさそうな表情で言われた言葉にルイスの顔はこれでもかと輝く。
「も、もちろんだとも!さあ行っておいで!さっさと行っておいで!」
では失礼しますと部屋を出ていくマーシャに護衛と数人の侍女が付き従う。残るは侍女一人のみ。なあにこうなれば簡単だ。
お茶のおかわりを頼めばあっという間に一人っきり。
静まり返る室内で高笑いしたいのをなんとか落ち着かせ、先程目をつけた首飾りに手を伸ばす。透き通るダイヤモンドがキラキラと美しい。
素直で心優しいユリアに似合う気がしたのだ。
手に取った後ユリアがこれを身に着けた姿、そしてその後約束通りベッドに誘うことを思い浮かべたルイスは一人デレ~と鼻の下を伸ばす。
暫くそうやって固まっていたがあたふたと雑にジャケットの内ポケットに押し込む。
ガタガタとお茶を乗せたワゴンの音が近づいてきたからだ。ルイスは入室した侍女にあふれんばかりの笑みと共に
「マーシャは忙しいようだから帰るよ!」
と告げ、意気揚々と公爵邸を後にした。
そして彼は家に帰ることなくそのままユリアの元へ馬車を走らせた。




