52.企み
無事に暗殺者が捕まった翌日衛兵の訓練場はどんよりと暗い雰囲気が漂っていた。
「俺ら何も役に立たなかったっすね」
「ていうか令嬢が勝てる相手に副長でさえ勝てないなんて……俺ら意味あるんですかね」
「自信なくなっちゃうよな……」
はああと訓練場にため息がどんどん積もっていく。
「申し訳ない」
「副長が悪いわけじゃないですよ!」
そう別に彼が悪いわけではない。暗殺者が強く、そして更にそれ以上にマーシャが強かっただけなのだ。副長の謝罪で更にその場は重苦しい雰囲気が満ちる。
い、息苦しい。
幸いなことに今回は斬りつけられたものはいたものの、命を失うものはいなかった。一応名ばかりとはいえ代理兵長のマーシャが暗殺者を捕まえたので衛兵たちに褒美が与えられることにもなった。
彼女個人への報奨は皇太子がもういらねといった剣のみだそうだ。兵士にとってはとても名誉ある嬉しい品物であることに違いないが、彼女にとっては別にいらぬものだろう。
あのとき、明らかに顔にこんなもんいらねと書いてあった。
彼女に自分たちで倒すと粋がっておいてこの体たらく。褒美だけもらっちゃうなんて後味が悪い以外の何物でもない。
「いや~ん!私の愛する仲間たち~~~お久しぶり~~~」
重苦しい空気などものともせず、クネクネと近づいてくる身長の高い細身の男が一人。その様は衛兵の訓練場に似つかわしくない。
似つかわしくないのだが――
「「「兵長!」」」
彼こそこのむさ苦しいムキムキの衛兵たちのボスだった。身体クネクネ、オネエ言葉を操る彼だが歴代最強の衛兵長だと言われている。
重苦しかった空気はどこへやら彼の登場でその場は明るい安堵の籠った空気に変わる。
「あなたたちよくやったわ~お手柄~~~~」
その言葉に再びその場はどんよりと沈む。
「俺たちは何も……」
「あらあら~~~~ん!そんな暗い表情はメッ!よ。仲間の誰かが手柄を上げたらそれ即ち皆の功績なんだから~~~~。代理だろうがそんなことしったこっちゃないわ~。今回の件でうちの来年度の予算はアップよ!」
………………まさか!
勘の良いものはピーンと来た。
「予算アップの為にマーシャ様を代理に?」
「そうよ~。元々彼女は暗殺者が現れるまで護衛につくよう命令されることが決まっていたから拝み倒して代理になってもらったのよん」
「兵長はマーシャ様の実力をご存じだったので?」
「もちのろんよ!私より強い数少ない男の中の男!じゃなくて……女よ!」
「は、はぁ」
「あらそんなドン引き顔しちゃいやん。予算の為だけじゃないのよ?可愛いあなたたちの命を守るためでもあったんだから~きっと無理すると思ったのよぉ!仲間や私の敵を討つとか言って!」
ぎくりと跳ねる衛兵たちの身体。
「俺たちどうしても自分の手で敵を討ちたかったんです……」
「ええわかっているわ。わかっているけど。よく考えてご覧なさい?私が負けたのよ?普通に考えて私以上の腕が必要ってことよ?あなたたち誰か一人でも私に勝ったものはいる?」
「「「……………………………」」」
そうだけど。そうなんだけど。なんかそういうことじゃなくないか。
「指揮とか絶対に嫌だと言ってなかなか頭を縦に振ってくれなくて苦労したのよ~~~。どうせまた皇太子様を襲いに来るんだから夜見張ってりゃいいじゃんって。捜査も作戦も要らないって。私の身一つあればOKだって。全く言ってくれるわよね~」
「「「……………………………」」」
もしかして自分たちを煽ったのは指揮を副長に押し付けるためだったのかもしれない。
「あれ……もしかして夜とかもずっと見張ってたとか?」
「ああずっと外で見張りしてたみたいよ?捕まえた日はなんか胸騒ぎがしたから近くで見張ってたみたい。野生の勘ってやつかしらね~。恐るべしフライア公爵家みたいな~」
「「「…………………………」」」
なんか色々と申し訳なく思ってきた。
「あ~~~~とにかくマーシャ様には感謝だわぁ。くっそ忙しい中時間を割いてくれて。予算も無事ゲット!私ここの訓練場のおトイレが嫌で嫌で仕方なかったのよ~汚いし、臭いし、汚いし」
汚いと2回言った。そんなに汚いだろうか。
予算トイレ予算トイレと頬を上気させる衛兵長。
ちょっと……いや、だいぶ変わり者だがとりあえず元気になったようで良かった。
そして、マーシャ様すみませんでした。
衛兵たちは心の中で深くマーシャに詫びたのだった。
~フライア公爵邸~
「ふふっふふふふふふふふっ」
居間で一人何やらごそごそしながら笑うマーシャ。
「何々マーシャお姉様超ご機嫌じゃん」
ちょうど居間を通りかかったキャシーはご機嫌な様子の姉の後ろ姿に気づき少々薄気味悪いが好奇心が勝り姉に近づく。
うん?
「アクセサリー?」
美しく煌めく宝石が惜しみなく埋め込まれたネックレス、指輪、髪飾り等々が並んでいる。
「あら、キャシー。どう?美しいでしょ」
いや確かに美しいが……
「お姉様の手から何か出てるわけ?」
なぜ姉が磨いているだけでいつも以上に煌めいているのだろうか。
「出てるわけないでしょう?でもそうね……強いて言うなら私の念は込められているかもしれないわね」
ふふっと再び笑う姉にぞっとする。
そしてアクセサリーについている宝石を見て更にぞっと背筋に寒いものが走る。
呪われていそうなそれらから視線を外す。
「珍しいわねお姉様が自ら手入れするなんて」
高価な高価なアクセサリーたち。その辺の貴族では到底手が出せないものばかり。だが姉はそんなアクセサリーたちにそんなに興味がないようだったはず。
あくまで身だしなみの一部としか考えていない印象だったが。
「この子たちが私に欲しいものを与えてくれるの」
「へ~」
全く意味が分からなかったが、どうせ答えてくれるはずはなし。キャシーは興味を失ったかのように姉から離れていった。




