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公爵家の女たちは男運だけがない  作者: たくみ


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49.予想外

 ダンッ!  


 机を強く叩きつける音が室内に響く。


「なんで見つからないんだ!」


 そう叫びながら頭を抱えるのは近衛兵隊の副長だ。彼は今兵長の執務室にいる。彼が叩きつけたことにより書類は散乱し空を舞う。


 先日皇太子を襲った暗殺者の行方が一向に判明しない。何せ手がかりが少なすぎる上に皇太子を狙う者などいくらでもいるのだ。


 兵長が犯人を見ていたのだが覆面をしていた為全くどんな顔なのかわからない。手がかりといえば瞳の色くらいだがそれも一般的な茶色。重要な手がかりとはならない。


 そもそも暗殺者など犯罪組織に所属しているものはなかなか見つかるものではない。その場で捕らえる以外は非常に難しい。


 やはり現行犯で捕まえるしかない。


 襲われた日から毎夜毎夜警備を厳重にし、自らも皇太子の部屋の番もしているが怪しい人物が現れる気配はない。


 もどかしさ、もう現れないかもしれないという不安、焦燥を抱え副長は立ち上がる。今日は自分が皇太子の部屋の護衛をする日だ。




 ~皇太子の部屋にて~


「なぜあなた様がこちらにいらっしゃるのですか?」


 副長がぶすっとした納得のいかない顔で目の前に立つマーシャに尋ねる。


「ふふ、夜伽の相手……をしにしたわけではないのは確かよ」

 

「以前皇太子様が襲われたのは皆が寝静まった後でした。早くお帰りになられた方がよろしいかと。私達は皇太子様の護衛を第一としますのでマーシャ様に何かあっても責任はとれませんよ」


「大丈夫よ。私にはこれがあるもの」


 そう言って自らの腕をバシバシと叩くマーシャ。


「冗談を言うにしてもせめて剣を持たれたらどうですか」


「えー剣って重いしドレスには似合わないじゃない」


 その言葉に居合わせた近衛兵たちは呆れるしかなかった。


「まあまあ落ち着いて。最近うまく寝付けなくてね。皇太子妃を呼んで危険に晒すわけにもいかないし……話相手が欲しくて呼んだんだよ」


 そう言って肩を竦める皇太子の目の下には微かにクマがあり、疲労がたまっていることが見受けられる。暗殺者が捕まっていないというのに安眠などできるわけがない。


 近衛兵たちは自分の不甲斐なさに唇を噛みしめる。


「どうせ呼ぶならむさ苦しい男よりも麗しい女性がいいだろう?かといって皇太子妃が心配するような女性を寝室に入れるわけにもいかないし。マーシャならばその点安心なんだ。彼女に手を出すくらいなら私はライオンを相手にするね」


「ライオンを呼びましょうか?」


「冗談です。ごめんなさいマーシャ。君たちいつも通り護衛の方頼むよ」


「「「は!」」」


 皇太子の指示によりドアの前と窓の下に配置につく衛兵たち。マーシャがこの部屋に残ることになぜか不満感を覚える副長だったが部屋を出てドアの前に立つ。


「気に食わないがマーシャ様も高貴な方だ。今夜はより一層警戒を怠らないようにな。ルシアン」


「は!」


 今宵ルシアンはドアの前に立つ日だった。


 ドンドン時間は過ぎていく。中からは何も聞こえない。静かだが2人は何をしているのだろうか。若き男女が深夜に一つの部屋……いやいや、侍女たちも中にいるし。


 ていうか護衛中に何を考えているんだか。そもそも2人が何をしていようと自分には関係ない話だ。少しマーシャと話をすようになったからといって調子に乗るなんて良くない。


 彼らと自分では住む世界が違うのだ。


 そう住む世界が。相手は天下のフライア公爵家の跡継ぎ娘、自分は落ちぶれ貧乏侯爵家の次男坊。それが交わるときなんて来ないのだ。


 いやちょっと待てなんか期待していたみたいじゃないか。しっかりしろ自分。自分にはユリアという婚約者がいるのだろう。何をトチ狂ったことを考えて……ガシャーン!!!


 突如ガラスが割れる音が廊下にまで聞こえてくる。


 慌てて部屋に駆け込めばそこには割れた窓を背に立つ黒ずくめの者が2人。彼らが持つ剣には赤いものがべっとりとついている。


 副長の怒りのオーラをひしひしと感じる。だっと駆け出す副長に後れを取らぬようにルシアンも駆け出す。暗殺者と剣が交わる。


 何度か打ち合い悟る。


 強い。自分より遥かに。


 副長の方を見るが尋常ではない汗をかいている。きっと自分と同じ気持ちなのだろう。だが少しでも時間を稼げば皇太子やマーシャがここから逃げ出せるかもしれない。他の兵士たちが騒ぎを聞きつけ応援に来てくれるかもしれない。


 焦るばかりの耳に静かなやりとりが聞こえてくる。


「マーシャ」


「御意」


 トンッと地を蹴る足音がしたかと思うと腕に伸し掛かっていた重みが消えた。


 いやいやいやいや嘘だろ。


 目の前の光景に目を瞠る。少し離れたところには自分と同じように覇気を失った副長の姿がある。


「流石だなあ」


 皇太子が命を狙われているのになんとものほほんとした声をあげる。それはきっと彼女が負けるわけがないと確信しているのだろう。


 マーシャはルシアンと戦っていた暗殺者を蹴り飛ばした後副長と相対していたもう一人の暗殺者も蹴り飛ばし、起き上がった2人の暗殺者と剣を交わしている。


 先程まで余裕だった暗殺者達の動きは焦りからか鈍り、ドンドン追い詰められていく。


 それ程までにマーシャの剣の腕は天才的だった。


 ものの数十秒で決着はついた。


 肩から血を流す2人の暗殺者に縄がかけられ、引き摺られていく。

 

「お疲れちゃん」


「はいこれ返す」


「うげ、血ついてんじゃん。いらね。あげるよ下賜品下賜品」


「宝石ついてるのにもったいない。売っちゃお」


「下賜品売るなよ」


「もらったものをどうしようと勝手でしょ」


「敬意の欠片もないな」


「敬意はあるけど態度がなってないのよ」


「なんだそりゃ」


 2人の掛け合いを副長と2人でぼーっと眺める。あの剣は皇太子のものだったのか。


 それにしても本当に見事な腕前だった。


 とことん全てを兼ね備えた女性だ。


「…………天は不平等だな。剣の腕だけは自信があったのに。俺が敵を討ちたかったのに」


 そう言う副長の言葉は悔しさからか微かに震えている。


「副長…………。生まれ持った才もあるでしょうが、彼女は努力で勝ち取ったものだと俺は思います」


 剣だけでない。  


 遅くまで働く彼女。寝る間も惜しんで勉強する彼女。


 彼女は一体どれほどの努力をしてきたのだろう。そしてこれからも更なる努力を重ね飛躍していくのだろう。


「……わかってるよ。剣を扱う者として才だけであんなに見事な剣の腕を持てるはずがないだろう?もっともっと強くならなければ」


 そう言う副長の言葉からは震えは消えていた。




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