43.長女の婚約事情
「無事にリリベルは新たな婚約をしましたよ」
マーシャは目の前に置かれたチェス盤にクイーンをことりと置いた。
「そうか。それはおめでたいことだね。リリベルも愛というものを理解できると良いね」
そう言いながらビショップを動かすのは彼女の父だ。マーシャは父の元へリリベルとウィリアムの婚約報告に来ていた。一応彼は父親だから。
マーシャはおめでたいと言いながらも特にいつもと表情を変えぬ父をじーっと観察するように見るがその心のうちは相変わらずよくわからない。
「お父様、リース公爵がお母様にお熱だったこと聞きましたよ?彼のことは消さなかったのですね」
「なぜそんな必要がある?私とエレノアの前に誰が現れようと何か変わるのかい?私以上の男などいるわけがない」
「ふふっ」
なんたる自信過剰。だが……ちらりと父を見る。
それも納得の美貌、才能。これで愛に関していき過ぎじゃなければ――なんとも勿体ない。
「エレノアには彼女を信奉する者、恋する者が多々いた。当たり前だ。私のエレノアは魅力的なのだから。彼女を追いかけ回す男共がいてもなんら不思議ではない。当然彼女に害を与える人間は消したが……リース公爵は利になる男だ。彼が与える高価なアクセサリーはエレノアを増々美しくさせ、高価な料理は彼女の血肉となった。暑苦しい愛の告白をするくらいはなんの害にもならないだろう?」
「ふーん……」
言っていることは理解できるがよくわからない。
執着するほどの愛なのに他の男が近づいてもなんとも思わないとは。
「私のことはさておきお前はどうなんだ?」
「どうって……何も変わりありませんよ」
婚約者は最近再会したとかいう初恋の君に夢中。一応マーシャと結婚する気はあるようで彼はこのことを隠している。
「いらないものはさっさと切り捨てるべきだ」
「あら父親らしく助言ですか?」
「お前の婚約者は公爵家に婿に入り利を得つつ、好いた女も手に入れようとしている。他の女を優遇する男などさっさと捨てろ。公爵家を舐めるなど赦されない……私の愛しいエレノアが治める公爵家にそんな男を入れるなどあり得ないことだ」
「リリベルにはそんなこと言わなかったくせに」
「自ら破滅を望むドM野郎の行いは策略だ。愛を手に入れるためにする努力素晴らしいじゃないか。だがお前の婚約者は違うだろう?お前が動かなければ結婚する気でいる。だから早く動くんだ」
椅子の木でできた肘掛けに爪をコツコツとあてる父。珍しくイライラしているようだ。このままでは父が何かやらかしそうだ。
「少し考えていることがあるからお父様は手を出さないでちょうだい」
コツ……と爪の音が消える。
「ほお。その策はちゃんと婚約者殿を地獄に叩き落とせるのか?いや、愚問だったな」
またいつものように余裕のある表情となった父はゆったりと椅子に深く腰掛ける。ぎしりと鳴る椅子。
「帰るわ」
こつりという音がしたと同時に椅子から立ち上がり父に背を向け歩き出すマーシャ。きぃぃぃと扉が閉まるのを見送った父親はチェス盤に目を向ける。
そこにはキングを追い詰めたクイーンの姿があった。
「おーい。マーシャ姉様ー。叔父上との面会は終わったのかい?」
王宮から帰ろうと廊下を歩いていたマーシャの背後から男性の声がかけられる。妹たち以外で自分のことを姉様と呼ぶのはこの世でたった一人。
「ひっ!?」
「ハリス殿下」
振り返りさっと頭を下げる。
「マーシャ姉様は真面目だなぁ。リリベルなんて胸ぐら掴んでくるくらい生意気なのに」
「ハリス殿下が妹のように接してくださるからですわ」
「生意気な妹だと思っているよ。もちろんマーシャ姉様のことは本当の姉様のように思っているよ」
ぱちりと片目を瞑るハリスにマーシャは軽く笑う。
ん?そういえば……
「先程何やら悲鳴を上げておられたようですがいかが致しましたか?」
「あ?ああ……いや、姉様すっごい顔してたから。鬼が姉様に取り憑いたのかと思ったよ」
おう。婚約者のことを考えながら歩いていたのが仇になったようだ。ペタペタと自らの顔を触りハリスに尋ねる。
「美しく優しく麗しい天使の如き顔に戻りましたか?」
「………………う、うん」
ドン引き顔とは酷いではないか。
それはさておき――。
「何の御用でしょう?私に殿方を斡旋するおつもりですか?」
リリベルにしていたように。
「あははは、まさかぁ!姉様は何個縁談がダメになろうと自分でちゃあんとポイポイ捨てるタイプだろう?」
ポイポイ捨てる――まあ間違ってはいないが相手が悪かったのだから仕方ないではないか。
マーシャの現在の婚約者は4人目。
1人目は母親同士が気が合うからと10歳の時に婚約。同年使用人頭の娘と結婚したいと大騒ぎ。慰謝料をもらって婚約破棄となった。
2人目は母親同士が気が合うからと12歳の時に婚約。1年後公爵家からの支援金を父親がギャンブルに使い込み没落。お前のせいだ疫病神と暴言を吐かれ婚約破棄。物足りなかったが少額の慰謝料をぶんどってやった。
3人目はもう運に任せようと婚約の申し込みがあった家の名前を書き込みあみだくじで決めた。この時15歳。最初はそれなりに大事にされて良かった。が、公爵家の娘の婚約者。そのステータスに惹かれた女たちが群がった。それに抗えなかった彼は次から次へと女に手を出し、複数人妊娠させた。その子たちを愛人に子供は公爵家の養子に何てふざけたことを言ったので女たち含め莫大な慰謝料をもらい婚約破棄。
そして現在の婚約者は釣書をリリベルに扇形に持たせた適当に引いたら当たった相手。
「ご期待通り4人目もポイッとしますよ」
「だろうね。あんな初恋の人を思い続けるストーカー男はサヨナラするに限るよ」
4人目の婚約者もこれまた難あり男だった。
ルイス・ゴイル伯爵令息。
ゴイル伯爵家は可もなく不可もないなんの特徴もない伯爵家だ。当主である彼の父親は王宮勤めをしてはいるものの向上心もなく、ただなんとなぁく流されるままに行動する方だ。母親もぽやーとした微笑みを浮かべる優しげな人だ。
嫁になるはずのマーシャのことを天上人とでも思っているのかいつもヘコヘコヘコヘコとし、こちらが申し訳ないと思うくらいである。
そんな両親の元に生まれた彼は欲深く自分の欲望に忠実な人間。次期女公爵との結婚に意欲的ではあるのだが彼の心は初恋の人にある。
初恋の人はふわふわとした甘い、いや余ったるーいケーキのような女の子ならぬ女性だ。女性の家は男爵家でこれまた野心の権化らしい。
2人はそれなりに良い雰囲気だったらしいが特色もない伯爵家の息子に娘はやれないと婚約の申し込みを跳ね除けたそう。
親の同意なき婚約はできないと彼女もルイスを拒否。
そう拒否したはず。
はずなのだが、まあ色々と問題が発生している。
「姉様の婚約問題ではなく仕事の話があったんだけど。僕に口出しされたくないということは何か考えていることがあるのかな?」
「流石殿下察しがよろしいですわね」
バサリと扇子を開き口元にあてるマーシャ。ハリスは伏し目がちな彼女を見て肩をすくめる。これ以上は何も言う気がなさそうだ。
「何を企んでいるか知らないけれど――
やり過ぎないようにね」
そう言うハリスの口元は未来を予測するかのように引きつっていた。




