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公爵家の女たちは男運だけがない  作者: たくみ


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38.末路

「なんでこんなことに……」


 彼女の目の前に広がるのはボロボロのこじんまりとした家にボロボロの家具、質素な飾り気のない味の薄い食事。今腰掛けている椅子からはギシギシと嫌な音がする。


「ただいまセイラ」


 ガチャリと扉を開き家に入ってきたのは義兄の……いや、夫のマルコだ。彼を視界に捉えた彼女はブルブルと身体を震わせる。そんな彼女に構うことなく幸福いっぱいの微笑みを浮かべる彼にセイラは怒りが膨れ上がる。


「おやおやまた食べなかったのかい?」


「そんな粗末なもの食べられないわよ!」


「お祖父様がくださったものだからいいものなのに」


 お祖父様……前タバサス伯爵夫人の父だ。余計なものはいらないと爵位を返上した伯爵とマルコは今や平民。元伯爵とマルコは現在彼が営む商会で働いている。


 亡き娘をいつまでも愛する義理の息子と娘が遺した孫は彼なりに可愛い。公爵家にちゃんと話をつけたうえで彼らを雇っている。ペーペーで。家も食事も支援してくれる甘々ジジイだ。


 家は世間体というものからボロいが生活自体は少し余裕のある平民というところだ。とはいうものの暮らしの質はがくんと下がった。

 

 セイラにとっては耐え難い苦痛。


 他にいい男を探しに行きたいがドレスなどない。


 肌もボロボロ。


 こんな状態では恥ずかしくて男性の前に立てない。


「君と結婚できるなんて幸せだなぁ」


 その言葉に顔を上げるセイラ。そこには目の前の椅子に腰掛け彼女が食べなかった食事を口にするマルコの姿。


「家に帰れば妻である君がいて」


 そんなの前の生活だってそうだったでしょうが!


「今までは君を目にする男達で世の中は溢れていたが今君はこの家から出られない。僕の目にだけ君の姿は映るんだ」


 そんなことない。ここから出ていってやる。


 ……まともな服と化粧品があれば。


「出ていってもいいけど、他の男なんて捕まらないよ。フライア公爵家を敵に回す家なんてない。もちろん君が僕と一緒にいたくてここにいると僕はわかっているけどね」


 出ていきたいとわかっているくせに自分の都合の良いように思い込むその態度はまさに奇人。


「プライドの高い君はみっともない姿を人に見られたくないからここから出られない」


「わ、私を好きなら私の望むようにしてくれるものじゃないの!?綺麗な姿で居てほしいものじゃないの?なんで落ちぶれたのよ!幸せになってほしいものじゃないの?こんなのおかしいわよ!」


 ツバを飛ばしながら怒りの形相で叫ぶセイラを見てもマルコは幸せそうな表情をくずさない。


「どんな姿でも僕の目には美しく見えるよ。それに何が必要なんだい?君だって僕といられるだけで幸せなはずだよ?」


「そんなわけない!こんなところに閉じ込められておかしくなりそうよ!」


「何を言っているんだい?僕は閉じ込めてなんていないよ?君の手足に枷でもあるのかい?誰かを人質に取られているのかい?君自身の意思で外に出ないだけだろう?」


「それは……」


 その通りなのだが、何か違う。異常なプライドの高さに加えて母も父もマルコもそれを増長する振る舞いをしてきたのだ。何も持たない彼女が外に出る勇気などあるわけがない。


「ああ本当に幸せだ」


 自分を眺めながら微笑む義兄……いや夫に恐怖しか感じないセイラ。 


「完璧だ。僕の用意した環境は完璧だろう?」


「どこがよ!?」


「僕は今まで僕と同じように女性を愛する人を2人見たことがある。父とリリベル様の父君だよ」


 それはちょっと面白そうな話かもしれない。急に静かになったセイラの頬を愛おしげに撫でるマルコ。虫酸が走るがセイラは堪える。


「僕は2人から学んだんだ。他者に邪魔されないように君と過ごす方法を」


「何よそれ……」


「2人はなんとも不運な方たちだ。父は母を病で亡くし永遠に会えないし、リリベル様の父上は夫婦になりながらも引き離されてしまった」


 ああいちいち愛おしげな眼差しでこちらを見てくるのがとても腹が立つ。


「あの方には力があり過ぎた。自身にも愛する人にも。力ある者は周りから求められ力を使うように促される。放っておいてもらえない」


 力がある方がいいに決まっている。愛愛愛となんなのよ。リリベルの父は人を殺めかけるという罪を犯したというのに王宮で最高級の暮らし、エレノアとてたくさん着飾り皇帝にさえ物申せるではないか。


「そこで悟ったわけだよ。何も持たなければ僕たちは引き離されないし、周りも関わってこないとね」


「は?まさかそんなことの為に全てを壊したの?」


 コクリと頷くマルコに耐え切れず机に乗り上げ彼に掴みかかるセイラ。皿が床に落ち割れる。まだ少し残っていた食事も共に床に投げ出される。


「セイラ……」


 愛する者の名を呼ぶ声はどこまでも甘い。


 なんなのよなんなのよこいつは!こんな時にもこんな時にも――。


 マルコは胸ぐらをつかみ上げる手をそっと自らの手で包み込み撫でる。


 ぞわりと肌が粟立ち慌てて手を離そうとするが力が強く離せない。


「セイラ君から僕に触れてくれるなんて嬉しいよ。でも前にも言っただろう?僕は君と子供を作る気はないんだ。殿下も子供がいた故に公爵と離れることになった。母上も父上のことではなく僕の幸せを最後に望んだ。子供なんていたって碌なことにはならないからね」


「ち、違っ……!」


 なぜこの男はそんな思考に至るのだ。そんなことこちらだって望んでいない。ふざけるなと怒りを表しただけだ。


「僕だって君と深く繋がりたい……だけど本当の愛とはそんなものじゃないと思うんだ。互いを深く思う心……金も地位もなくても互いを思い合う心…………ふふふふっ」


 一心にセイラを見つめるその瞳に映るのは愛か狂気か――。


「誰か……助けて…………」


 逃げたい。逃げたいがここから出てもどこにも行くところなどない。逃げたとしても捕まり、今度は枷でもつけられるかもしれない。


 怖い。


 怖くて動くことなどできない。


 セイラはその場にへたり込むことしかできなかった。



 


  

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