36.全ては計略
「何を言っているんですかお義母さま」
マルコの口から出てきたのは夫人が願う言葉ではなかった。マルコは微笑む。何とも幸せそうに。
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場所は再び戻り公爵邸の庭園。マルコが浮かべた笑みを思い出す女がここに一人いた。
もちろんこの人、お茶を飲みつつキャシーと雑談を続けていたリリベルだ。
「……なんかもっと早く婚約解消を申し出れば良かったわね…………いやいやいやいや、なんで私がこんな気持ちになっているのよ!」
ぽつりと呟いたかと思ったら次は一人憤慨して叫ぶリリベルをいつものことだと心で思いながらキャシーはケーキを口に運ぶ。あ、美味しいこのケーキ。新しいケーキ屋さんができたと言っていたから買ってきてもらったものだ。
「超ムカついてたはずなのに!散々蔑ろにされたのに!なんで私がこんな気持ちになるのよーーーーーー!!!」
「…………………………」
それはリリベルお姉様がお人好しだからよ。
とは流石に言えないキャシーだった。何やら考え込むリリベルを横目で見つめる。視線に気づかぬリリベルはマルコとの婚約解消のときの会話を思い出していた。
「ねえマルコ」
「なんでしょうリリベル様」
婚約解消書類に署名を終えコトンとペンを置いたタイミングで声を掛けたリリベルはその呼び掛けへの返答に目を丸くする。
リリベルという呼び捨てではなく様付け。そして敬語。
今までの無礼千万の彼から飛び出た言葉とは思えない。何たる常識的な返答。
「私は伯爵家の倅。リリベル様はフライア公爵家の姫君ですので。他にも御息女がおられるので名前呼びにさせていただきましたが改めましょうか?」
「い、いえ……大丈夫よ」
今までの態度とのあまりにもの違いに初めて会う人と話している気分になる。初対面?え、双子?んなわけないが疑ってしまうのも仕方ないというものだろう。
「リリベル様?それで私にお聞きしたいこととは何でございましょう?」
「私!?」
おう、思わず声が漏れてしまった。だらだらと流れる冷や汗は止まらないし、声も漏れてしまうしもう最悪だ。だからこそここはもう開き直りだ。どうにでもなってしまえ。
「んんっ!失礼。あなた大丈夫なの?」
「?」
「………………」
しまった。動揺して直球過ぎた。
「あなたがセイラ嬢を好いているのは知っていたわ。あなたとセイラ嬢が結ばれるのは喜ばしいと思うけれど……私と縁を切って生活していけるの?」
自分で言い直しておいてなんだが非常に失礼な問いである。傲慢極まりない言い方かもしれない。しかし公爵家の娘を散々蔑ろにしてからの婚約解消。現在の経営状況から周りの態度も厳しいものになるのは確実だ。
「ご心配ありがとうございます。店の経営はこれから悪化していくでしょうがもうさっさと閉める予定なのです。なんとか借金なしで終わらせることができそうなので浪費しなければ暫くは暮らせます。まあ…………私はセイラがいれば他には何もいらないのですが……」
「浪費しなければ……ね。セイラ嬢がそんな生活に我慢できるのかしら?」
派手好きの目立つことが大好きなセイラ。華やかな暮らし以外を彼女が受け入れるとは思えない。
「金がなければ着飾れません。社交の場にも出られません。買い物にも出られません。かといって働くことも彼女はできないでしょう。彼女は私だけを見てこれから生きていくのです」
こいつ……。
とても幸せそうに微笑むマルコにぞっとするリリベル。
まじか。
「あなたわざと……?」
表情を変えず頷くでもなく否定する様子もないマルコ。だがその微笑みを見れば答えはわかる。
金がなければ外見も磨けない。流行に乗れなければ嘲笑われる。そもそも彼女たちは伯爵家の経営する店が繁盛している、ただそれだけのことで威張っていた。
それがなくなった今大勢の前には恥ずかしくて出てこれないだろう。
彼女を人目に晒したくない。
他の男に見せたくない。
そのためだけに壊れゆく店を放置したというのか。
公爵家を敵に回すような行動をしたというのか。
即ち彼は自ら没落することを望んだのだ。
「なんたる執念」
思わずぽつりと零れ出た言葉に気づきさっと扇子で口元を隠すが出た言葉はマルコの耳にも届いているはず。チラリと目だけ動かし彼を見るがとても幸せそうな顔で微笑んでいる。
ははははは、やべー。
「…………金持ちに乗り換えられないと良いわね」
「あなた様に喧嘩を売った娘を囲う者などいないでしょう。あの子にそこまでの価値はない」
価値はない。リリベルはその言葉に目を細める。
「あなたの口からセイラ嬢へのそんな言葉が出るなんてね」
「私にとっては大切なたった一人の女性でありますが世の人々にとって価値はないでしょう?あなた様と違って。あなた様にはたくさんの価値がある」
「そうね、私にはこの美貌を損ねなければフライア公爵家が没落しなければ価値がある。でも……あなたには私という存在に価値はなかったようだけれど」
自嘲気味に語っているようで見る目のないマルコを責めているようでもある。マルコはリリベルと視線を合わせるがその目にどんな感情を乗せているのかはわからない。
「価値がないなどと滅相もございません。私にとって世間一般で感じるような価値は確かにありませんでした」
ははっ!言ってくれるじゃない。リリベルの片眉が上がる。
「しかし、あなた様が私の婚約者であったからこそセイラを手に入れることができました。しかも最高の形で」
彼女の劣等感から生まれた欲望に火をつけたのはリリベルという存在だ。マルコに身体を寄せてくるのも、常に側にいるのもリリベルから奪うためだったことくらいわかっている。
「要するに私は餌だったというわけね」
責めるようなリリベルの視線にマルコは伏し目がちになりながらゆるりと首を横に振った。




