31.初めてのダンス
いやいやいやいや。誕生日パーティーだというのにしん……と静まり返る場に冷や汗が流れる。
それにしても皆いつ婚約破棄をするのかと騒いでいたくせにいざ破棄ではないものの彼との婚約関係を解消したら呆然とするなんてなんとも不思議なものである。
それはさておきヤバい。
どうするべきか。
増えていく一方の冷や汗。頭はうまく動かない。
そんな中パチパチと拍手の音が広間に響いた。
固まっていた人々は音がする方に視線を向ける。
「ウィリアム様……」
「リリベル無事婚約解消おめでとう。手続きはまだだがまあすぐに進むだろう。君のこれからの人生に幸あらんことを祈るよ」
ウィリアムの言葉にはっとした人々から拍手の音が徐々に数を増やしながら聞こえてくる。そして後にそれは広間に響き渡る程大きな拍手となった。
「リリベル様。私めにこのめでたい日に一番にあなたと踊る栄誉をいただけませんか?」
そんな中で一人の男が進み出てリリベルの前に跪く。それなりのイケメンだ。
「お待ちください。僕と踊ってくださいませんか」
また別の男が目の前に跪く。
「いや待った!私めと」
「いやいや俺と」
「うちの倅と!」
わあわあとリリベルのダンス立候補者が続々と現れる。
リリベルは彼らの顔を順番に見ていく。先程まで呆然としていた者、こっそりと嗤っていた者もいる。
自分が踊るべき相手、いや踊りたい相手はここにはいない。私が待っている相手は――。
いつの間にかキャシーの腕は離れていた。
「リリベルさあ行こう」
他の男達とは違い後ろから声がしたかと思ったらちゃっかりと隣に立っていたウィリアム。腕は曲げられ手のひらが上を向いている。あとはリリベルが手を乗せれば出発できる体勢だ。
断られることなどあり得ないと言わんばかりの強気な態度にリリベルは呆れる。この前言い逃げしたくせに。
だがまあもちろんそこに手を乗っけちゃうわけだが。
重なる手にあー……と残念な声が周囲から漏れ聞こえてくるが気にせず2人は足を踏み出す。
ダンススペースに到着した2人を先にいた人たちは頭を下げ迎えた後、すっと離れていく。その場に残ったのはリリベルとウィリアムのみとなった。
静止していた音楽の音色が流れ始め、向き合った2人は緩やかに動き出す。ゆったりとした音楽に合わせ動く2人を暖かく見守っている人々。
エレノアもマーシャもキャシーも例に漏れずリリベルの新たな門出をおめでたいと温かい視線で見守っていた。
あることに気づくまでは。
3人の視線はどんどん訝しげなものへと変わっていく。
「ねぇ」
キャシーがポツリと言葉を零す。
「せっかく主役を譲ってあげたのに、あれ何?」
「キャシーあなたにも見える?私は目の錯覚かと思ったのだけれど……。お母様にも見えていて?」
「ええ、がっつり見えているわ」
「「「………………」」」
改めてじっと踊る2人を見る3人。
2人とも真面目かつ良いとこの出なのでダンスは踊れている。少し硬いところも見受けられるが、なかなか上手いと言えるレベルだ。流石公爵家出身と言われるに値するほどには。
だが
「いや、怖い怖い怖い怖い」
「ちょっと嫌だ、こっちを睨んでるわよ」
「あら、あの子ってパーティーで踊るの初めてじゃない?」
「パーティーどころかダンスの先生以外の男性と踊ったのも初めてじゃない?」
「「「…………あー……それで……」」」
あんなに怖い顔をしているのか。
いわゆるあれは緊張顔というものなのか。
「もうちょっと若い子があんな顔をしているのはたまに見るけれど、17歳になるレディがあんな顔で踊るなんてね」
この帝国の貴族の女性たちは14歳でデビュタントする。だが子供が参加することが許されたパーティーが多く、子供たちも普通に踊ったりする。
なので大勢の前で踊るということが10代後半になるということは少ないのだ。
リリベルは婚約者以外の男とは踊らんと言うし、マルコは全ての約束をドタキャン、セイラを優先しパーティーにリリベルと共に参加することがなかったので彼女はこういう場で踊ったことがない。
「ウィリアム様に足でも踏みまくられてるのかと思ったわよ」
「それを言ったらウィリアム様もリリベルに足を踏まれているということになるわね」
その言葉に3人は再び2人に視線を向ける。
「…………ウィリアム様も顔怖っ!」
「彼も初めてなんじゃない?」
「リース公爵家はあまり社交界に出てこないものね」
軍事的なことで忙しいと言うこともあるが、リース公爵夫人があまり華美なことを好まないのだ。
「気持ちはわからなくもないけれどあの顔はないわ」
「後日2人を呼び出して表情の猛特訓ね」
ギラリと3人の目が光った。
ゾクリと背中に悪寒が走ったが何事だろうか。
リリベルは焦る頭でなんとか身体を音楽に合わせて動かし続ける。ふと顔を上げるとそこにはウィリアムの強面ならぬ怖面が。
「ウィリアム様顔怖いですよ」
「……うまく表情筋が動かなくてな。リリベル君も怖面だぞ」
「私も表情筋が……」
その言葉にウィリアムは少し落ち着いてくるのを感じた。
「リリベル後悔はしていないか?」
婚約破棄という選択をあんなにも嫌がっていたのだ。
「ええ自分でもこんなものかという感じよ」
あんなに周りの目が気になっていたというのに、いざとなればどうとでもなれといった感じだ。今ではちゃんとわかる。
「あんな男と縁が切れたからといって何も私は失ったりしないわ」
不要なものは切り捨てた。だからきっと……
「君は幸せになるための一歩を踏み出したんだな」
そう。人の目などどうでもいい。なぜそんなものに気を取られ幸せを逃そうとしていたのか。自分で自分に呆れるばかりだ。
とはいうものの。
「ま、公爵家の男運最悪履歴に一行書き連ねてしまったけれど」
あーあ。これで自分も母と姉の仲間入りだ。
「そうか………………じゃあ俺の名前はそこに載らないように頑張らないとだな」
「え?」
「完璧な君のお相手は完璧な私以外にいないだろう?」
ウィリアムの顔を見上げると見事な真っ赤な顔。思わずリリベルはくすりと笑ってしまった。ちょうど音楽が終わり離れようとしたウィリアムの腕を掴むと自らの身体をぐいと引き上げ彼の耳元に口を寄せる。
「期待しているわ」
リリベルの身体が離れ眼と眼があった2人はくすりと笑い合った。




