30.婚約解消致しましょう
リリベルは混乱しながらもマルコから差し出された手に自らの手を乗せ共に歩み出す。
ダンススペースに移動するリリベルの口からくすりと音が漏れた。マルコはピクリと指が動いたが表情も足を動かすスピードも変わらない。
リリベルもまた何も口に出すことなく黙々と歩く。
彼と踊るのは初めてだ。これが最初で最後になるだろうけれど。産まれてすぐ婚約したので17年間婚約関係にあったのに初めてだなんて笑ってしまう。
婚約者同士で踊るなど当たり前のこと。踊ることに驚きや違和感を感じるなんておかしい。
セイラがいなければこんな状態ではなかったのだろうか。
自分にもっと魅力があれば違ったのだろうか。
振り返っても彼との間に良き思い出など一つもない。あるはずだったそれは全てセイラのせいでキャンセルされた。
でもどうせこういう結果になるのであればそれは良かったのかもしれない。あなたに恋をしなかったから、苦しみなんてなかったから。
足を止め向かい合う。ダンスするために相手の身体にそっと触れる。ドキドキと胸が高鳴ることもない。ときめきもない。ただそこにあるのは婚約者という関係だから踊ろうとしているという事実だけ。
会場が少しざわめき立つ。リリベルはマルコの背後に近づいてくるその原因に目を細めた。
そして心の中で声を上げる。
ははははは!
やっぱりこんな関係はおかしかったのだ。
目の前の光景を見てこれこそ当たり前だと思ってしまうのだから。
「お義兄様ぁ!」
スカートを鷲掴みながらマルコめがけて小走りで近づいてくる一人の女性。招待されていないのにパーティーに乱入してきたセイラの姿がそこにはあった。
そしてその声にパッとリリベルから手を離し身体ごと振り向くマルコの顔には蕩けそうなほど甘い笑みが浮かぶ。
「セイラ」
自分の身体に飛び込んできたセイラを受け止めるマルコ。
うん、やっぱりしっくりくる。
どうやってこれを切り出そうか迷っていたが、
リリベルは自然と口を開いていた。
「ねえマルコ」
「なんだい?」
振り返ることなく尋ねるマルコにリリベルはそのまま言葉を発する。
「婚約破棄……いえ、解消をしましょうか」
マルコがリリベルの方を振り返り、真っ直ぐ彼女を見つめる。その顔には驚きという表情が貼り付けられていて思わずリリベルは口元に笑みを浮かべていた。
「解消で良いのか?」
「ええ」
なんか馬鹿馬鹿しくなってきた。
彼は最初から最後まで義妹第一の姿勢を崩すことはなかった。彼は素直に自分の気持ちを行動に移していた。こちらが婚約破棄を申し出れば成立する程に。
変なことに拘っていたのは自分だ。散々周囲はそう言っていたのに……やっと心にストンと言葉が落ちてきた気がする。
色々とゴタゴタするのも面倒だし、いい思い出がなかった分最後くらい解消として何もなかったことにしたい。
レイチェルやリナリーからきっと慰謝料は!?報復は!?と叱られそうだがその時には甘んじて受け止めよう。
だがきっと人を馬鹿にした報いはきっとリリベルが下さなくても天から自然と下される気がする。
「やだあリリベル様、ついにお義兄様に捨てられちゃったのね!」
静まり返る場に一人はしゃぐセイラの声が響く。
「かーわいそー!リリベル様ぁ、気を落とさないでくださいね?きっとすぐに他の人が見つかりますよぉ」
白けた冷たい視線を向けられているというのにセイラは尚はしゃぐ。
「あ、でもぉ格下の伯爵家の息子にふられちゃったから良い人は無理かもしれませんね~。年寄りとかブッサイクとかデブとか……あ、あと金目当ての人とかしか寄ってこないかも!」
きゃはっと愉しくて愉しくて仕方ないとばかりにリリベルの目を覗き込むセイラの姿は醜いことこの上ない。見ていた人々は彼女とは関わるまいと心を決めた。
周囲からのきまり悪そうな視線もセイラの愉しそうな声もリリベルには気にならない。彼女は目を見開いていた。
なぜならマルコが自分の方に身体を向け、そして真っ直ぐに目を見て微笑んでいたから。セイラに向ける微笑みとも友人に向けるそれとも違う。皇家や高位貴族に相対したときの余所行きの作った微笑み。
「承知致しました。フライア公爵令嬢様」
彼はそれだけ言うと頭を下げまだごちゃごちゃと喚いていたセイラの背に手を添え屋敷の外へと誘う。
その言動は誰から見ても礼儀正しい伯爵令息のものだった。
呆然と見送るリリベルの腕に腕が巻きつく。その温もりにハッとする。
「キャシー……」
「リリベルお姉様おめでとう。あいつらとやっと縁が切れるわね」
クスクスと笑う彼女を見て今日が誰のためのパーティーだったかリリベルは思い出す。
「!キャシーごめんなさい。あなたの誕生日なのにこんな雰囲気にしてしまって。私は部屋に戻るわ」
静まり返る場。自分がいなくなれば雰囲気もまた変わるだろう。そっとキャシーの腕に手を添え自分の腕から外す。
「何言ってるのよお姉様。私の誕生日なんてどうでもいいのよ。これからが本番でしょ?」
そう言ってキャシーは再び姉の腕に両腕で強く抱きついた。




