26.婚約破棄をしてほしい
放課後2人の姿は学園の剣の修練場にあった。
カキーン!カキーン!と剣の打ち合う音が絶え間なく響き続ける。同じように修練場にいた生徒たちはその気迫に気圧され手を止め2人を眺める。
カーン!と剣を弾く音の後にガシャン!と剣が床に落下した音がするとパチパチと拍手の音。その音にふわりと微笑むのは剣を持ったリリベルだった。
「負けだ」
ウィリアムは首元に剣を突きつけられ、両手を上げる。
「今日のウィリアム様は心ここにあらず状態ですもの。当然の結果ですわ」
その言葉に罰が悪そうに肩をすくめる。
手合わせ中なのに失礼だったかもしれない。ちらりと彼女を見るが別に気にしていないようだ。コクコクと水筒の水を飲んでいる。
「今日は髪の毛を結んでいるんだな」
「ええ、この前の華闘は突然でしたからね。剣を扱うとわかっている時はちゃんと結びますよ」
いつもは髪の毛を下ろしたままなので髪の毛を上の方で1つに纏める彼女の姿は珍しい。ついつい白い首筋に目がいきそうになるのを堪える。
ちらりと周囲を窺う。
修練場には数名の生徒がいるだけ。修練場を利用するには事前に申請が必要で、一人だけ同伴が可能となっている。一人で訓練するものもおり、リリベルも一人で行うつもりだったがウィリアムの申し出により相手をしてもらっているところだ。
スペースは広く。これなら誰にも聞かれない。2人っきりが良いのかもしれないが、それは緊張が過ぎる。だから人がいて且つ誰にも話を聞かれないここがウィリアムのベストな選択だった。
「リ、リリベル!少しゆっくり手合わせをしないか?」
ウィリアムの言葉に目をぱちくりとさせるリリベル。言葉に驚いたのではない。声が裏返り気味だったので驚いたのだ。
「え、ええ大丈夫ですけど……」
あなたは大丈夫ですか?とは流石のリリベルも口にできなかった。顔が強張り身体はガチガチ、明らかに様子がおかしいけれど妙な気迫があり普通に不気味だ。なんか言うことを聞いたほうがいい気がする。
2人はゆっくりと一つ一つの動作を確認するかのようにゆっくりと打ち合う。基礎を忠実に行うのも悪くない。心の中でうんうんと頷くリリベルの耳に声が届く。
「リ、リリベル……その伝えたいことがあるのだが……」
「はい、なんでしょう?」
自分のために婚約破棄をしてくれないだろうか?
心の中では言えるのに言葉にならない。だがリリベルが自分の言葉を待っている。何かを言わなければ……。
「……婚約を破棄するつもりは相変わらずないのか?」
「……自分の気持ちがよくわかりません」
ベシッ!
リリベルの振るった剣がウィリアムの右腕に直撃する。
「つっ」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ」
びっくりして思わず動きを止めてしまった。当然はいと言う返事が来ると思ったものだからしくじってしまった。
「とりあえず少し休みましょう。見せてください」
剣があたり赤くなった腕をリリベルが確認する。ゆっくりやっていたためか折れてはいないようだとホッとした時、ウィリアムに触れていた手をガシッと掴まれる。
痛かっただろうかと彼の顔を見ると視線が交わる。
「するべきだと思う」
その言葉に一瞬何のことだと不思議顔のリリベルだったが先程の続きかと思い当たる。
「君が婚約破棄というもの自体をしたくない気持ちはわかるが、あいつの君への態度を見るに幸せになれるはずがない」
散々言われてきた言葉だ。正直十分色々なものを持っているので愛だの恋だの関係ないと思っていた。でも最近ウィリアムと過ごしていく中で、このままで良いのかという違和感を覚えるようになった。
「それと君がもし父君と同じ性質を持っていたら運命の人とやらに出会ったら形振り構わず婚約破棄したり、その相手と婚約しようとするんじゃないか?」
その言葉にリリベルは目を見開く。
「どれだけ気をつけていても意味がないというか。それこそマルコが婚約相手だから大丈夫と考えるのは意味がないと思う」
確かに。父は5歳の時にあの手この手で母を手に入れたと聞いている。神童と言われた父。奴は幼き時も奴だった。
フライア公爵家の一人娘にして次期公爵になることが決まっていたエレノア。その婚約者になりたいと騒ぐ父に類稀なる才を我が家にと願う家臣たちは猛反発。
だがまだ子供であったにも関わらず彼は反対する者たちの弱みを握り、賄賂をちらつかせと自分の思い通りにことを進め、無事エレノアの婚約者の座を勝ち取った。
更に父は徹底していた。皇太子である兄が亡くなった場合に備え皇位継承権を放棄したのだ。皇太子や皇帝になったらエレノアとは婚姻できないからという理由で。
「いつくるかわからない……それこそ起こらないかもしれないことの為に不幸の道に行く必要はないと思う。だから破棄するべきだ」
リリベルが何を言うのか怖いのだろうか。その瞳は弱々しく不安で揺れているようで心苦しくなる。
「そ、それに…………その……お、私の為にも破棄して欲しい……みたい……な……。そんなときが訪れないように頑張るつもりだ……し……」
リリベルの目がこれでもかと見開かれる。
あ、なんかまともにリリベルの顔が見られない。
握っていた手を離し目を逸らしながら口元を覆う。
「よ、よよよよ用事を思い出したから先に帰る!」
そう言い慌てて走り去っていくウィリアムをリリベルは言葉なく見送った。
何事かと振り返った生徒たちは見た。
彼女の顔がゆでダコのように真っ赤に染まっているのを。
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恥ずかしさのあまり飛び出してしまったウィリアムはひどく落ち込みながらとぼとぼと廊下を歩いていた。
やってしまった。
「お義兄様~」
戦場でさえ逃げようと思ったことはないのに、羞恥がこんなにも強敵だったとは。
「お義兄様~!」
なんにしてもカッコ悪い。リリベルに嫌われたらどうしようか。
「なんで無視するんですか~!?ちょっとお義兄様~!」
バタバタと近づく足音と大声に誰も返事をしないのを訝しみ振り返る。ウィリアムは自分の目を疑った。
「君は…………」
「キャシー・フライアにございます。リース公爵子息様にご挨拶申し上げます」
バタバタと足音を立て彼を追いかけていたのが信じられないほど優雅に胸に片手をあて頭を下げるのはリリベルの妹であるキャシーだった。
「あ、ああ。ウィリアム・リースだ」
「もちろん存じておりますわ。先程のやり取りも見ておりましたわ!お義兄様やるぅ!」
あれを見られていたとは。いや、声が聞こえたはずはないのだが。
「私読唇術が得意ですの。これでばっちり見ておりましたわ!」
そう言う彼女の手には高価そうな双眼鏡があった。思わず口元を引くつかせるウィリアムだったが先程から気になることがあったのだった。
「先程からお義兄様と呼んでいるが」
「だって私あの男嫌いですもの。私の中ではあなたが未来のお義兄様で決定!応援していますからね!頑張ってくださいませ!」
「あ、ああ」
いきなりお義兄様と言われて戸惑いはあるものの、正直悪い気はしない。
「ところで何か用だろうか?」
ニッコリと笑った後彼女が差し出してきたのは、パーティーの招待状。
「私の誕生日パーティーですわ。もしよろしければ、いえきっと、いややっぱり絶対に来てくださいね?」
グイグイと迫ってくるキャシーの迫力にウィリアムは頷くことしかできなかった。




