2.婚約者一家襲来
ほとんどの貴族が半目になりながらもなんとか宰相の話を聞き終えた。その後眠気を払拭するような皇帝の乾杯の音頭の後、各々社交を始める。
『フライア公爵家の皆様ご機嫌よう』
『今日のお召し物もとても素晴らしいですわ』
『まあなんて美しい首飾りなのでしょう』
『皆様本当に輝くばかりの美貌で目が眩むほどですわ』
そんな言葉をかけられるフライア公爵家の周りには人集りができていた。その地位に驕ることなく可能な限り一人一人丁寧に対応していく彼女たちに尊敬や憧れといった眼差しが注がれる。
「ちょっとそこをどいていただけるかしらぁ!?」
『『『げっ』』』
彼女たちに群がっていた人々はその声に内心嫌な顔をしながらもすすっと身を引き公爵家に至る道を開けた。そこを通るのは声を上げた女性含め茶髪に茶色の瞳を持つ2人の女性と2人の男性。先頭を歩く女性はぐっと胸を張りやや顎を持ち上げ道を譲られた優越感から頬を上気させ公爵家に近づいてくる。
「わぁお何様?」
「今日も絶好調ねぇ」
キャシーとマーシャの目に一瞬だけ侮蔑の色が宿るが彼女たちが目の前に来ると瞬時にそれを消し、穏やかで感情の読み取れない瞳に切り替える。
「ご機嫌よう公爵様、ご令嬢様方」
「ええご機嫌ようタバサ伯爵夫人。伯爵もご機嫌よう」
「公爵様ご機嫌麗しゅうございます。本日も皆様大変お美「んんっ!」」
公爵一家の容姿を褒める夫を遮る夫人。社交界でそんな言葉は当たり前に交わされるもの。相変わらず心の狭い女性である。
なんとも無礼な態度にエレノアの瞳が冷たく光ったことに気づいた周囲の者はそっと視線を逸らした。
彼らはタバサ伯爵家。歴史は浅いが今それなりに繁盛しているドレスショップを営んでいる小金持ち。長子マルコ御年18歳はリリベルの婚約者である。そして誰よりもこの場で偉そうにしている夫人はマルコより2歳下の女の子を連れて伯爵家に入った後妻だ。
今リリベルの前にはエスコートを当日にドタキャンした憎きマルコが立っているわけで。
「リリベル今日はエスコートできずすまないね。セイラがエスコートの相手がいないと泣くものだから」
「あらマルコ気にする必要はなくってよ。私はいつか家を出てあなたのお嫁になるのだもの。独身の内に姉妹水入らずで過ごすことも一つの良い思い出よ」
ふざけんなごらぁ!おのれ何回目のドタキャンだぁ!しかも毎回毎回くだらない理由で人を蔑ろにしやがって舐めてんのかぁ!
と言いたいところだが今そんなことを言ってはならないことくらいリリベルにだってわかる。
「私が悪いんです!私がお義兄様にエスコートをお願いしたから……!責めるなら私を責めてください!」
えーーーーーー!?いやいや何言ってるの!?
マルコの腕にしがみついている女性――マルコの義妹セイラから突然脈絡もなく発された言葉に周囲の者たちの心は一致した。
「セイラ様、私は「リリベル様そんなに怒らないでください!酷いです!こんなに私が泣いているのに……!」」
えーーーーーー!?いやいや何言ってるの!?
再び皆の心は一致し、ボロボロと胡散臭い涙を流すセイラなど気にもとめず恐る恐るリリベルに視線を向ける。
そこにはとても穏やかで美しき天使の如き慈愛の笑みがあった。後ろに棍棒を持った鬼も立っている様に見えるがきっと目の錯覚だろう。
「ほほほほほ、セイラ様私は「次は何を言う気ですか!?酷『スパーン!!!』」
扇子を思いっきり閉じる音が再びリリベルの言葉を遮り物申そうとするセイラの言葉を制止させる。セイラは身体をビクリと跳ねさせた後、音の発生源であるリリベルの手元に恐る恐る視線を向ける。
「私は怒っておりませんわ。エスコートする相手がいないからエスコートしろとパーティー当日に泣き落としする義妹の我儘を聞くお優しい婚約者殿をどうして怒りますの?」
リリベルの棘のある言葉に顔を引き攣らせるセイラ。周りの者が自分たちを見ていることに気づき引っ込んだ涙を慌てて再度流し始め助けを求めるかのごとくキョロキョロと周囲に視線を向ける。
リリベルが悪いと大声でアピールしたし、実際にあんな酷いことを言われたんだから同情の視線が集まるはず。涙を浮かべる目には期待が隠しきれていない。
だが次第にその目に焦燥の色が浮かんでくる。
なんでよ、なんでそんな目で私を見るのよ……
今酷いことを言われたのは私よ!とでも思っているのでしょうね。
なんともしょうもない――リリベルは出そうになるため息を堪える。
そもそも伯爵家の娘が公爵家の姫君の言葉を遮るなどとあり得ない。
たくさんの人が始めから会話を見聞きしているのだ。何もしていないと明らかにわかる相手を加害者に仕立て上げようとするその様は醜いことこの上ない。
それにしても人の目を利用とするのであればなぜもっと利口にならないのか。マルコが一度でもリリベルをエスコートした姿を見た者はいない。セイラがマルコの腕に胸を押し当てくっついているのを見た者はたくさんいるが。それがどんな噂を呼ぶかわからないのだろうか。
「リリベル様ちょっと酷いんじゃありません!?この子はもともと平民だったのですよ!?社交界を不安に思うのは当然でしょう!?義兄を頼って何が悪いのです!?公爵家の姫君が下の者に優しくできないなどなんて嘆かわしいのでしょう!?」
お次はうるさいクソババ……おっと失礼、未来のお義母様がお相手ですか。
平民だったって……再婚したのは彼女がよちよち歩きの時でしょうが。
どれほどセイラが可愛いのか知らないがもっとちゃんと躾けたほうが彼女の為になると思うのは自分だけなのだろうか。
呆れながらもちらりと伯爵とマルコに視線を向けるが微笑んで見守っているだけだ。
「こんな方を我が伯爵家にお迎えしなければならないなんて……。マルコもセイラも可哀想ですわ」
およよと目元を抑える伯爵夫人の言葉にその場の空気はざわつく。
な、なんと無礼な。
歴史の浅い伯爵家が国一番の権力を持つ歴史ある公爵家の姫君を迎えられるなんてどれだけ幸運なことか理解していないのか。
信じられない。
そんな言葉があちらこちらから聞こえてくるが夫人の耳には入らない。夫人の目は真っ直ぐリリベルに向けられ醜い笑みを浮かべている。まるで彼女がショックを受ける様を愉しむがごとく――。
いやいやいやいや、そんなふうに見られてもショックなんて受けませんからぁ。むしろそんな事言っちゃったあなたの評判が心配になっちゃいますからぁ。
だが流石にこれだけ言われては公爵家の娘として黙っていられない。
「待てども待てども挨拶に来ないので心配したぞ。私の大切な義妹と姪っ子たちよ」
口を開こうとしたリリベルはその声に口を閉じた。




