17.思い込み
本日の空は雲一つなく晴れ渡り、緩やかな風が頬を撫でる穏やかで過ごしやすい陽気だ。それは当然学園内も同じである。登校してきた生徒たちは授業が始まる前に穏やかに談笑する者多数。
そんな中一人の少女が燃え上がる瞳と怒りのオーラを背負い廊下を蹴るかの如く荒々しく歩く。
人がいようと避ける気配のない彼女にぶつかりそうになった生徒たちは露骨に顔を歪めるが怒りに支配された彼女は気づかない。
どういうことなのよ!?
あの女が私のウィリアム様と出掛けたなんて!
いつものように義兄のマルコと共に登校すると門から校舎に至る道、校舎内、庭とどこに行ってもその噂で持ちきりだった。しかもその反応は妬み嫉みといったものではなく、お似合いだなどという正気とは思えない反応ばかり。
公爵家同士でお似合い?
美男美女?
最強カップル?
は!バカバカしい!
あの性悪女に、いや尻軽もつけるべきね。性悪尻軽女がウィリアム様とお似合いのわけがないでしょ!婚約者がいる女が他の男と2人きりで外出してる時点でおかしいじゃない!どいつもこいつもどんな頭をしているんだか覗いてやりたいくらいだわ!
ウィリアム様には私のような可憐で病弱で守ってあげたくなるような可愛い女の子がふさわしいのよ。
ウィリアム様だってこの世で一番可愛い私がお相手なら嬉しいはず。母も義父も義兄も皆私が一番可愛い、愛おしいって言ってくれるんだからウィリアム様にとってもそうであるはず。
それにしても義兄のマルコは使えない。
さっきだって浮気よ!と私が言っているのに全然気にした様子はない。まあ私に夢中であの女にそれだけ興味がないということなので悪い気はしない。
だが苛つく。
あの女を責めてウィリアム様に近づくなと婚約者として諫めるべきだ。そうしなければあの女は調子にのって恥知らずにもずっと彼の側にいるはず。
どうすればいい?
母に言えばどうにかなるだろうか。
義父もマルコも母の言うことはなんでも聞く。上手くコントロールすればいけるかもしれない。いやでも母はちょっと頭が足りない時がある。
やっぱり私自身の魅力で落とすのが一番効率的だ。
あんな女と行動を共にして疲れているに違いない。早く私が癒してあげなくては。
彼との出会いは1ヶ月前、学園の女子たちがキャアキャアとはしたなく騒いでいた。その視線の先を見たら自分の好みドンピシャの男。
近くに歩いていた男子生徒を掴まえ誰かと問えば、リース公爵家の嫡男との返事があった。公爵家……即ち金持ち、権力持ち。彼の全てに惚れた。
学年も違うし、接点がないのでどう近づこうかと考えていたところにあの泥棒猫が行動を起こしやがったのだ。
本当に嫌な女だ。
あ…………。
不機嫌全開だったセイラの顔がパァァァと明るくなる。
「ウィリアム様ぁ!」
前を歩くウィリアムに気づきマルコに頼み事をする時のような甘えた声で呼びかけるセイラ。ちなみにセイラは一度もウィリアムと話をしたことなどない。
「今日お暇ですかぁ?宜しかったらお出かけしませんかぁ?あ、でもぉそれだとうるさいからぁ私の家でデートなんていうのもいいかもぉ」
身体をクネクネさせながら精一杯可愛い子アピールをするセイラに返答はなかった。それもそのはず――
「ちょ、ちょっとあんた達邪魔なのよ!退きなさいよ!」
ウィリアムの周りにはぐるりと男女ともに人がたくさんいるから。
「聞いているの!?さっさと私がどけって言ってるんだから退きなさいよ!ぎゃ!」
どん!と背中に何かが当たりその場に倒れ込むセイラ。
「何すんのよ!誰よ今押したの!?ウィリアム様ぁ痛いですぅ!助けてくださぁい!」
セイラは声を上げ続けるが、ウィリアムはもちろんのこと誰からの返答もなかった。あるのは煩いとばかりに向けられるうざそうな視線のみ。
「あ、あーーーーーー!!!」
周りを取り囲まれながら去って行くウィリアムを見て絶叫するが最後まで誰も反応する者はいなかった。
周りから人がいなくなりなんとも物寂しい雰囲気の中、セイラは一人燃えていた。
(まだ時間はたっぷりあるわ)
しかし――
(なんでいつも誰かに取り囲まれているのよ!?)
授業が終わる度に猛ダッシュして彼の教室に向かうが、到着した時にはもう周囲に人集りができている。彼らに負けじと大声を出しているのに彼は反応をしてくれない。
彼は優しいから話を切り上げられないのだろう。
ああもうムカつく。
彼だって私と話したいと思っているのだから察しなさいよ!けれどやたらと今日は彼の周りががっちりと人で埋められている。いつもこんなにいただろうか?
全ての授業が終わり放課後になった。授業中にばっちりと化粧を念入りに施した顔に気合を漲らせ猛スピードで人にぶつかっても構わず駆けるセイラに生徒たちは不快だと視線を送る。
「ウィリアム様ぁ!」
走り回ってやっと見つけたのは馬車の乗降場所だった。そこにはちらほらと学生たちがいるがセイラの目にはウィリアムの姿しか目に入らない。公爵邸の馬車に近づいていこうとするウィリアムの前に滑り込み立ちはだかる。
「おっとぉ……たくさんの人垣は防波堤になっても皇子である私はならなかったようだな。すまないな、それなりに自信はあったんだが」
甲高い声に反応したのはウィリアムではなく、彼の隣を歩いていたハリスだ。困ったような表情で人差し指で頬をポリポリとかく。今日ウィリアムの周りを取り囲んでいた生徒たちはハリスの尽力によるもの。
リリベルとウィリアムのことを知れば突撃してくるだろうという予想を立てていたのだ。
「いえ、普通は緊急時や重要な用事がある時以外に皇子と話し中に割り込んでくるものはいないでしょう。この女が非常識なだけですからお気を落とされず」
「ウィリアム様ぁ、お話しましょう?今日は他の奴らに邪魔されて最悪でしたよね!あ、ところであのおん……じゃなくてリリベル様と出かけたって本当ですか!?駄目ですよぉ、リリベル様はお義兄様の婚約者なんですからぁ。やっぱりウィリアム様にはちゃんとした子が相手にならないと!私みたいな!きゃ!」
目の前であえて聞こえるように交わされる言葉など耳に入らないセイラ。彼女の耳には自分にとって都合の良いことしか入らない。
そのキラキラ……いやギラギラと欲を隠しもせず露わになった瞳で見られるのはとても気分が悪い。自分の中で彼女の存在はあの麗しい女性を苦しめる煩わしいものでしかない。
じゃり、と砂を踏む音がしてセイラの瞳が歓喜で溢れる。
真っ直ぐに眼と眼が合う。
ああ、なんて美しい瞳。そしてその瞳に映っている自分もなんて可愛いのかしら。きっと2人並べば誰もが振り返る美男美女。なんてお似合いの2人なんでしょう。
その瞳に導かれるように一歩足を踏み出す、ああ、その逞しい胸に飛び込みたい――また一歩踏み出し手を伸ばす。
彼の瞳が氷のように凍っていくのに愚かなセイラは気づかない。




