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公爵家の女たちは男運だけがない  作者: たくみ


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16.ああはなりたくない

 クソ野郎?


 クソ野郎などというお下品な言葉が漏れたのはこの麗しい唇からで間違いないだろうか?


 リリベルが何やら自分の唇をまじまじと見つめていることに気づいたウィリアムの心臓は早鐘を打つ。思わず口元に手をあててしまう。


「あら失礼。ウィリアム様が人の婚約者のことをクソ野郎というなんて意外だったものですから」


 しまった!いかに自分がマルコをクソだと思おうと彼女の婚約者だった。


「す、すまない。思わず本音が……あっ!」


 また余計なことを言ってしまった。


「気にしなくてよろしくってよ。だってマルコは婚約者を蔑ろにするクソ野郎だもの」


 ケラケラと笑うリリベル。その顔には悲しさも悔しさもない。それが尚更なぜ婚約破棄しないのかという思いを膨らませる。


「私ね、こうやって男の人と出かけるの初めてなんです。マルコとは向かい合ったってセイラを虐めるな、セイラが可哀想だってそればかり。そもそもドタキャンばかりだし、ほとんどセイラさんがくっついているんですけどね。だから今何を話していいかわからないし……ウィリアム様つまらないでしょう?」


 少し困ったように笑うリリベルに胸が苦しくなる。


「……つまらないのは君の方では?俺なんて女性とこう……ふ、ふふふ2人で向かい合うのも母を除き初めてだ」


 かあああとウィリアムの顔が耳までも真っ赤に染まる。気を落ち着かせるように慌てて紅茶を飲む姿がなんだか可愛らしい。


 このモテ顔でこの慌てよう。いくらでもチャンスなどあっただろうに意外である。


「さっきだって君に髪飾りをどうだと言われても君の好みがわからないし、でもどれも眩しいくらいに似合っていて選べなかった情けない男だ」


 ああそれで挙動不審だったのか。つまらないと思われていなくてホッとするリリベル。


 情けないかはよくわからないが、いい男だと思う。


 きっと婚約者や彼女ができれば優しく穏やかな関係が結べるだろう。


 ――自分とは違って。


 羨ましく感じるような……いや、自分はそういったものは求めない。軽く心の中で首を振り、顔を笑みの形にする。


「大丈夫ですよウィリアム様。あなたのそのお顔とスタイルがあれば。ちょこっとこう胸元をはだけさせて……いやその腹筋までボタンを開けて座っている姿を見るだけで涎が滴るほど甘美な時間となりましょう」


「それは遠慮願いたい」


「あら残念」


 それを言うなら、リリベルの顔だって一日中…いや毎日ただ見ているだけでも幸せだろうに。こう胸元なんかはだけさせて目の前に座られた日には――


「うおっ!鼻血」


 ――想像だけでも鼻血が滴るというものだ。


 リリベルのポケットから慌てて取り出されたハンカチがずいっと鼻にあてられる。


「ず、ずまない」


 あ、いい匂いがする。ハンカチの香りかリリベルが近づいたからか。美しい白い手がハンカチを押さえながら優しく鼻を摘む。


 やばいやばいやばい更に鼻血が。


 別のことを考えろ自分。


「ぶはっ!」


「ウィリアム様!?」


 なぜ今噴き出す!?


「すまない。この前ハリス皇子が陛下の頭を一部ハゲにした話を思い出して」


「なぜ今!?あ、でも確かにこの前一部ハゲてましたよ。ハリスのクソ野郎がって大激怒でした。あれわざとやったんですかね?こうこの辺が丸く地肌が見えるようにハサミで切るなんてわざとじゃないとならなくないですか?」


 親指と人差し指で丸を作り右側頭部に手をあてるリリベルは至極真面目な顔をしている。話してる内容と表情のミスマッチさに腹筋がふるふると震えてくる。


 あ、おかげで鼻血が止まった。


「リリベルありがとう。止まったようだ。申し訳ないがこのハンカチは頂いても?」


「もちろんです。血だらけですし、そろそろ帰りましょうか」


「……すまない」


 立ち上がろうとお尻を椅子から離そうとしたウィリアムの耳に「あ」という声が聞こえ、再び椅子にお尻を戻す。


「一つだけ!そういえば答えていませんでしたよね」


「?」


「なぜあんなクソ野郎と婚約破棄しないのか?と」


「あ、ああ」


 話を逸らされたと思ったのだが答えてくれるのか。


「私がお母様もお姉様も男運が悪く私も男運が悪いと思われたくないから婚約破棄自体が嫌ということは噂でご存じかと思います」


 コクリと頷くウィリアム。


 それも本心であるとは思うがそんな理由だけではないと思う。彼女は聡明だ。もっと何かがあるはず。


 向けられる強い視線にリリベルは軽く笑う。


 こんなに真っ直ぐ男性に真っ直ぐ瞳を見つめられたのはいつぶりだろうか。


 ああ数年前ハリスが婚約者のレイチェルのケーキを食べてしまい大喧嘩に発展した。落ち込んでいたので間を取り持とうかと言うとジーと人の目を強く覗き込んできたのだ。口を開いたと思ったら男運最悪女は黙ってろと吐き捨てられ、殴る蹴るの大喧嘩に発展した時以来かもしれない。


 懐かしい。


 それはさておき


「私の父親のことはご存じですよね?暑苦しいほどの母への愛」


「…………ま、まあ」


 暑苦しい?


「人を害することも、娘を手に掛けることも厭わない狂気の愛」


 お、おおそっちのほうがしっくりくる。


「そんな愛を私は向けられたくも向けたくもありません」


 ん?


「だから私に興味のないマルコでちょうど良いのです。私もあんな態度の男を恋い慕ったりしませんから」


 んん?


「君は父君のように、母君のようになりたくないからあえてマルコみたいなやつと婚約を継続しているということかい?」


 コクンと頷くリリベル。


 ウィリアムは一瞬頭がふらりとした。


 気持ちはわかる。わかるがとてつもなくその考えは勿体ない気がする。


「……それはちょっと極端すぎないか?程よい距離感で連れ添う夫婦などいくらでもいる」


「私にはあの男の血が流れていますから」


「同じ道を歩むわけではないだろう?」


「歩む可能性があります。でもあのクソマルコならその可能性は0に等しいでしょう?」


 リリベルは最後にそう言うとでは、とウィリアムに背を向け去って行った。


 


 




 

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