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公爵家の女たちは男運だけがない  作者: たくみ


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14.羨ましい?

 その後一度もエレノアとは顔を合わせたことがない。


 消えろと言われた以上彼女の目の前から消えなければならない。離婚なんて絶対に嫌だ。彼の頭にはエレノアの言葉しか頭にない。


「本当だったらこの世から消えた方が良いのかもしれないけれど、エレノアが他の男と再婚なんて許せないもんなあ。彼女の心臓が止まった時に僕の心臓も止まる予定なんだよ。引き離された2人が同時間にこの世から消える。ロマンチックだと思わないかい?」


 何が楽しいのかその顔には笑みが浮かんでいる。


 狂った笑みが。


「全然思いません。ていうか別々の場所で同時刻に亡くなるなんてあなたが何かしない限りありえないでしょ」


「これだから愛を知らない子供は嫌なんだ。僕たちは運命の相手なのだから、自然とそうなる運命なんだよ」


「なんたるキモロマンチスト」


「おやおやそんなんだから碌でもない男が婚約者なんだよ。それだけのスペックを持っていながら他の女によそ見している奴が婚約者だなんて君もついてないねぇ」


「いやいや決めたのお母様ですから。ていうかお父様よりましでは?」


 ほお、と片眉を上げる父の顔は珍しくも心から面白いことを聞いたと思っているようだ。


 じゃらりと鎖が鳴ったかと思うとその長いお御足がゆったりと組まれる。ムカつくが非常に様になっている。その足枷さえも彼を引き立てるアクセサリーのよう。


「人を愛するのと人に愛されるのではどちらが幸せなのかな?私は深くエレノアを愛している。即ちエレノアはとても深く愛されている。私の頭がおかしかろうが深く深く彼女を愛する男がいる。さて世の人々はお前とエレノアどちらが幸せだと思うかな?」


「それは――






 愛する者以外を傷つけることを平気でできる気持ち悪いサイコパス野郎とはいえ一応愛されているお母様の方と言う人が多いでしょう。あ、でもお父様は見た目が良いからという考えもあるわよね。だって見た目が汚らしくて不清潔でデブで超超超不細工にストーカー並に愛されてる人を羨ましいとはあまり思わないわよね。そう思うと顔って大事なのね。






 ――お母様の方かもしれませんね」



「君は心で思っていることを口にする癖でもあるのかい?まあ私は傷つかないから良いが。そんなんで社交界でやっていけるのかい?少々心配になるよ」


 うん?心の中で言ったつもりだったが口に出していただろうか。この男はエレノア以外のことはどうでも良いというタイプだから思わずポロリと言葉が漏れてしまう。


「公爵家に恥を欠かせない程度にはしっかりとやっていますよ」


 厄介な婚約者はいるものの自分自身は特に何かやらかした記憶はない。


「エレノアの顔に泥を塗らねば上々だ」


 満足そうに笑う父にはもう呆れるしかない。


 エレノア抜きの会話が成り立ったかと思ったら結局はエレノアに繋がる。父の頭の中にはエレノアのことしかないのだ。


 はあとため息が出る。


「帰ります」


 そう言って立ち上がりさっさと扉に向かう。


 ギィと音を立て重い扉が開く。


 一歩外に足を踏み出そうとした時


「君には愚問だったな」


 何を言いたいのかわからず振り返り先を促す。


「愛する、愛されるなどと。そもそも婚約者を愛していないお前にする質問ではなかったと言っているんだよ」


 愛、


 愛、


 愛ねぇ


「それはそんなに大事ですか?」


 貴族であれば政略など当たり前。そこに愛が芽生えるのは多いとは言えない。だから愛人を作るものがなんと多いことか。


「婚約者だからそいつと結婚しなければならないなんてとても貴族的な考えだ。いや、お前の場合はただ単に婚約破棄などという汚名を着せられたくないというプライドか。それもまたとても貴族らしい考えと言えるか」


「貴族ですから」


「そう、君は大貴族だ。唯一無二の皇帝の姪にして比類なきフライア公爵家の娘。君はその立場故に大抵のことは許されるんだ。自分の心に素直になってもっと我儘に行動してしまえばいいのに」


 素直にねぇ。


 素直に行動しているから婚約破棄になっていないと思うのだが、違うのだろうか。


「お父様はもう少し控えられたらどうですか?そうすればお母様がここを訪ねてくることもあるかもしれませんよ」


「エレノアが訪ねてくれるのはいいな。だがそれは無理な話だ。私は自分の心に正直にしか生きられないからね」


「……お好きにどうぞ」


 止めていた足を動かす。部屋を出た後背後でバタンと扉が閉じる音がした。


 入室時と同じくため息が漏れる。


 疲れた。


「お姉様」


「キャシー」


 正面からキャシーがカツカツとヒールの音をさせながら小走りで近づいてくる。


「あの人の相手は疲れたでしょう?」


「まあね」


 ふと顔に髪の毛がかかっていることに気づく。鬱陶しいと髪をかき上げるリリベル。


「会いに行かなきゃいいのに」


「まあ一応お父様だし」


「意味のわからない理由で娘を斬りつけようとするやつは父親ではないわ」


「そうなんだけど……」


 なんとも歯切れの悪い姉をキャシーは横目で見る。


 いつもならプンスカと怒りながら出てくるのに今日は違うよう。先程から視線を逸らされている気がする。


「ねえキャシー、私がお父様を羨ましいと言ったらどう思う?」


「え?正気?って思う」


 きょとんと驚き顔をしながらもはっきりと言い切るキャシー。


「そうよね」


「え、ちょ、大丈夫?」


「……正気じゃないかも」


「え、ちょ、まじ?」


 一人慌てるキャシーに構うことなく考え込むリリベル。


 どう考えたって父は普通ではない。


 だが、ほんの少しだが


 他のことが何も見えなくなるくらいに誰かを愛せるということが羨ましくなった。そして同時に深い異常な愛を捧げられる母のことも。


 自分はマルコをそんなふうに愛することはできない。


 そして彼からもそんなふうに愛されることは恐らくないだろう。


 それをちょこっと寂しいと感じる自分はおかしいのだろうか。





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