12.父親
サラテナ帝国の王宮は最強国に相応しく優雅な美しさを誇りながら見るものを圧倒する迫力がある。王宮の白く透き通る美しい長い廊下には見た者が足を止めてしまいたくなる美麗な壺や絵画が所々置かれている。
だが残念なことに今そこを歩くのはそれらを一瞥することなく歩く2人の美女。
「リリベル姉様見てたわよ。熱い告白をされていたわね」
「キャシーあなたあれが熱い告白に見えたの?」
「ええ、とっても熱く力強い眼力だったわ。耳から入る言葉は機械的だったけれど」
視覚的には熱く、聴覚的にはドン引きするほどの棒読みだった。
「………………」
やはりあれがただ言葉だけの告白だとわかっているんじゃない。リリベルの沈黙によりコツコツと廊下を歩く足音が響く。
「イケメンからの告白をどう思った?マルコを捨てる気になった?」
「捨てないわよ!」
「彼がヤキモチを焼くとでも?」
「私自身に興味がなくても、公爵家との縁を失うことは彼だって避けたいでしょう?」
「それは……」
フライア公爵家の娘として自分の家の力がどれほどのものかよく理解しているキャシー。だが義妹に夢中のマルコにとってそれはきっと些末なこと。
言葉にするのは簡単だ。とはいうものの何を言っても頑固な姉の耳はスルーするばかりで意見はぶつかり合うばかりだろう。姉自身がマルコの心に向き合い切り捨てることを決めなければ。
珍しくも途中で言葉を止めた妹を横目で見るリリベルを見返すキャシー。
美しく賢い姉。
だがなぜ恋愛においてはこんなにポンコツなのか。
「彼の心は彼にしかわからないわ」
姉は皆がマルコと縁を切ることを望んでいることを理解している。それでも行動を起こさない。いや、喜ばしいことに最近になってやっと少しだけ行動しつつある。それがよい方向に向かえばよいのだが――。
「でも私の心はリース公爵令息とくっついてしまえと思っていることはわかっているわ。彼とってもいい人そうなんだもの」
イケメンだしねと片目を瞑る妹にリリベルはそうねとだけ答えた。
おや、いつもはムキになったりお説教をしたりするのにこれはもしかするともしかするかもしれない。言い返してこない姉を見てキャシーは心がワクワクした。
が、すぐにその心はどんよりと曇った。
「着いたわよ」
彼女たちの目の前には細やかな意匠の凝らされた優雅な龍が彫られた扉がドドンとおわす。
「いつ見ても入りづらい扉よね。私はやっぱりやめておくわ。あの人苦手だしぃ」
「私もよ。でもまあ一応顔見せくらいはしておくわ」
「お姉様自分に厳しすぎ」
そう言って去って行く背中を見送った後、はぁぁぁぁと深いため息を吐くと扉の前にいた衛兵は同情の眼差しを向けてきたが、彼らは黙ってその重い扉を開いた。
ギーと音を立てて開かれた扉。その部屋の中は扉と違い質素なもので、椅子、ベット、机と最低限のものしかなかった。
「やあ、よく来たね」
そんな声と共にじゃらりと声の主の足元に付けられた鎖と床が擦れる音が鳴る。
「私の可愛い娘」
「……そんなこと思ってもいないくせに」
「言葉とは心になくても出せるものだろう?なぁリリベル」
「そうですね」
この先日の出来事をもう知っている。
この部屋から一歩も出ていないはずなのに。残念なことにこの囚人にベラベラと話す愚か者はいくらでもいるのだろう。
この男の魅力に嵌る者は女も男もいくらでもいる。目を僅かに細めたリリベルは目の前にゆったりと揺り椅子に腰掛ける男――父を見つめる。
質素な部屋に似つかわしくない圧倒的な存在感を放つ男。
エレノアの夫にして3姉妹の父親。彼は今王宮の一室に監禁されている。
自らの意思で――。
光り輝くような金色の髪の毛と透き通るエメラルドグリーン色の瞳は自分と全く同じだが、顔立ちはあまり似ていない。兄である皇帝とよく似た精悍な顔出ち、どこか人を惑わすような惹きつけるような甘い香りがする。
「お父様はお元気でしたか?」
「もちろん。そんなことよりエレノアは元気か?エレノアは相変わらず美しいか?エレノアを虐めるクソ野郎はいないか?エレノアに悩みなどはないか?エレノアはちゃんと好き嫌いせず食事をとっているか?エレノアは金に困っている様子はないか?エレノアは――」
絶え間なく紡ぎ出される質問に口を挟むところが見当たらずひたすら沈黙を守る。
この男は相変わらず――エレノア狂い――だ。
気持ちが悪い程に。
「――で、君はエレノアに迷惑をかけていないだろうな?」
あ、やっと終わった。
「やっとお母様に関する質問が尽きたと思ったら娘である私にそのような言葉を向けるのですか?」
「君はフライア公爵家の娘だ。命に関わるような不幸も困難も訪れまい。家が盤石、即ちエレノアという土台がしっかりしていればなんの問題もないはずだ。本当は本人に会いたいところだが、なかなかここを訪れてくれないからな。致し方なくお前たちを呼んでいるのだ。ああエレノア今何をしているのか……」
そう言って恍惚とした表情をする父の目には何が映っているのか。
「お母様は今頃お姉様と一緒に執務中にございましょう」
「だろうな。ああ!想像するだけで心が躍るようだ!エレノアの瞳に見つめられる書類が羨ましい!そっと握られるペンが妬ましい!」
自身を抱きしめ悶絶する様は
「やっば」
まじでやばいやつだ。
妻であるエレノアへの並々ならぬ愛。暑苦しく狂おしく傍迷惑だ。
「で?エレノアは変わりないな?まさか新たな男などできていまいな?」
冷たく底光りする瞳にぞっと肌が粟立つ。
「……変わりありませんよ。どうせご存じのくせに」
「エレノアのことは娘である君が一番よく知っているだろう?他者がただ見ているだけでは気づくことのできないことも気づけるはずだ」
「あら、私達を信頼してくださっているのですね」
「もちろんだ。君は私の娘なのだから」
「娘娘とよくそんな言葉があなたの口から出てきますね。
私達を手に掛けようとしたのに」
誰も言葉を発さないその場は沈黙に包まれる。
ジャラ、ジャラジャララララ
鎖が床を擦れる音だけが室内に響く。
その音が止まったのはリリベルの前だった。鎖以外の音も気配もさせず目の前に立った父をリリベルは見上げる。
その顔を愛おしげにゆったりと撫でる父。精悍でありながら不思議な色気のある顔がリリベルに近づくが避けるでもなく、怯えるでもなく、睨むでもなく、ただただ冷たい目で父を見つめ続ける。
くくっと笑う声が彼の口からもれたかと思うと、手は離れ身体も揺り椅子に戻っていく。どすんと揺り椅子に腰掛けた男は先程までの危うげな雰囲気を消し、ニンマリと笑う。
「心外だ。お前たちが母を殺そうとしたから守ろうとしただけだ」
ギン、と殺気を帯びた視線と飄々とした視線がしっかりと交わった。




