第5話
「お前、変わりすぎて怖いよ! 俺の知ってるフィリアさんじゃない!」
我ながら声が震えていた。
怒鳴ったというより、絞り出した叫びに近かった。
フィリアさんの顔が人形のようにこわばった。
そして、沈黙。
夕焼けが彼女の銀髪を淡く照らし、その横顔が影に沈む。
長い沈黙のあと、かすれるような声が落ちた。
「……また一人になるのが、怖いの」
その声は、あまりにも弱々しかった。
今までの甘ったるい口調とも、無敵な笑顔とも違って――
十年前、幼い俺の手を引いてくれたあの“フィリアさん”が、そこにいた気がした。
彼女は、ぽつりぽつりと語り出す。
「……異空間はね、音も、光も、匂いもないの。ただ、永遠みたいに長い時間が、無音で流れていくだけ」
細い指が、自分の腕を抱くように胸元で絡む。
「来る日も来る日も、修行だけ。でも、だんだん……時間の感覚も、何のために頑張ってるのかも、わからなくなって……」
彼女の瞳が揺れる。
「でもね、ハル。そんな中でも、私、ずっと……ずっと、ハルのことだけ考えてたの」
心臓が跳ねる。
「魔法で、あなたの匂いや声を記録して、それを何度も再生してたの。脳に焼き付けるみたいに。『待ってるよ』って言ってくれた、あの日の言葉を……」
フィリアさんはそっと目を閉じると、囁くように言った。
「だからお願い……もう、離さないで……」
その声に、教室の空気が凪いだように静まった。
俺は俯いたまま、かつての記憶をたどる。
あのとき、泣いていたのは俺のほうだった。
別れ際、彼女はそっと頭を撫でて、ペンダントをかけてくれた。
「十年後、立派な男になっておれ」――そう言って、門の向こうに消えていったあの日。
小さかった自分の手を、力強く引いてくれたあの人は。
今、目の前で、震えながら助けを求めている。
(変わったのは、きっと俺のほうだ)
深く息を吸って、顔を上げる。
「だったら……今度は、俺が守る。もう離さないよ」
フィリアさんの瞳が大きく見開かれる。
その瞳がすぐに潤み、頬がゆるんで――次の瞬間には、胸に飛び込んできていた。
「……やった。ずっと……ずっと一緒だよ?」
ぎゅっと抱きつかれた体が、少し震えていた。
俺はそっとその背中に手を回した。
◆
夕暮れの帰り道。
通学路の途中、俺たちは並んで歩いていた。
フィリアさんが腕を絡めてきて、俺の肩に頭を預ける。
その重みは、もう慣れっこになっていた。
「……重い……けど、不思議と、落ち着くんだよな」
自分でも呆れるほど自然に、そんなことを思ってしまう。
すると隣で、フィリアさんが小さく笑った。
「ふふっ、帰ったらいっぱい愛してあげるね、ハル♥」
言葉より先に、彼女の温度が伝わってくる。
(これで一件落着……? いやでも、まだまだ波乱が続くのは間違いないだろうな)
でも、そんな生活もフィリアさんとなら楽しく過ごせそうだ。
「あ、そうだ。修行中に快楽の感度を三千倍にする魔法や、人間を分身させる魔法を開発したから、今晩あたりハルで試して……」
「させねぇよ!?」
赤く染まる空の下、ふたりの影がひとつに重なって伸びていた。
その影が、どこまでも、遠くまで続いていくような気がした。
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