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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第3章:相棒との接触と新展開

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第9話:翌朝、父(公爵)へのプレゼンテーション

 翌朝。ヴァレンタイン公爵邸の空気は、冬の湖面のように張り詰めていた。

 当主の執務室。重厚なマホガニーの机を挟んで、父と娘が対峙している。


 父、ヴィクター・ヴァレンタイン公爵。

 このルミナス王国の法務大臣を務め、「氷の宰相」の異名を持つ冷徹な合理主義者だ。魔法至上主義の貴族社会において、法と論理で秩序を維持するその手腕は、国王でさえ一目置くほどである。


 ヴィクターは手元の書類に目を落としたまま、羽ペンを走らせていた。娘が部屋に入ってきても、顔を上げようともしない。

 沈黙。聞こえるのは、カリカリという硬質なペン先が紙を削る音だけ。

 普通の令嬢なら、このプレッシャーだけで泣き出していただろう。


「……昨夜、王家主催のパーティで派手な『実験』を行ったそうだな」


 数分後、ヴィクターがようやく口を開いた。声に温度はない。


「おかげで私の朝食は、貴族院からの苦情の手紙で埋まったよ。『お宅の娘は魔女か』とな」

「それは偏った栄養(情報)バランスですね、お父様」


 スカーレットは直立不動のまま、表情一つ変えずに切り返す。


「消化不良を起こされる前に、こちらのサプリメント(報告書)をご覧ください」


 彼女は徹夜で作成した、辞書のように分厚いレポートの束を机の上に置いた。

 ドサリ、と重い音が響く。


「……婚約破棄された娘が、謝罪の言葉ではなく報告書か」


 ヴィクターが手を止め、冷ややかな視線を娘に向けた。


「で? 王太子の婚約者という地位を失ったわけだが。お前の市場価値は暴落したぞ、スカーレット」

「いいえ。『不良債権の損切り(カット・ロス)』に成功しました」


 スカーレットは迷いなく断言した。

 その言葉選びに、ヴィクターの片眉がピクリと動く。


「不良債権、だと? 次期国王を捕まえてか」

「はい。ブラッドリー殿下は、情報の真偽ソースを確かめず、一時の感情で動く人物です。彼が将来国王になれば、その妻は一生、彼の尻拭いで過労死するでしょう」


 スカーレットは淡々と、しかし容赦なく元婚約者を「評価」する。


「公爵家にとっても、そのような情緒不安定な王族との縁戚関係は、長期的にはリスク要因(負債)でしかありません。株価が紙屑になる前に売り払った……経営判断としては妥当かと」

「ふん。……口だけは達者だな」


 ヴィクターは鼻を鳴らしたが、その目から侮蔑の色は消えていた。彼は合理的な男だ。娘の言い分に理があることを即座に理解したのだ。


「だが、損切りをしただけでは利益プラスにはならん。お前が失った『王太子の婚約者』というカードの代わりに、何を提示できる?」


 ここからが本題だ。

 スカーレットは眼鏡の位置を直し、プレゼンテーションを開始する。


「新たな市場マーケットの開拓を提案します」

「市場?」

「はい。昨夜、私が実証した『物理的証拠による立証』。この技術を体系化し、新たな捜査手法――『法科学フォレンジック』として確立します」


 彼女は身を乗り出し、父の野心を刺激する言葉を紡ぐ。


「現在、魔法警察は現場の独断で動いており、法務省のコントロールが効きにくい状態です。『魔法でそう出たから』と言われれば、魔法使いでない官僚は反論できませんから」

「……ああ。現場の暴走には頭を悩ませている」

「しかし、私の技術を使えば話は別です」


 スカーレットはニヤリと笑った。


「指紋、成分分析、痕跡……。客観的なデータがあれば、魔法使いの『感覚』による嘘を暴き、彼らを管理下に置くことができます」

「ほう……」

「つまり、お父様が長年欲しがっていた『魔法使いを黙らせる首輪』を、私が作れるということです」


 ヴィクターは沈黙し、スカーレットをじっと見つめた。

 その鋭い眼光は、もはや娘を見る親の目ではない。有益な取引相手を値踏みする、政治家の目だ。


 スカーレットもまた、目を逸らさない。

 同時に、ユニークスキル【微細構造解析】を発動し、父の表情筋の僅かな動きを読み取る。


(瞳孔が〇・二ミリ拡大。口角の筋肉が弛緩……。興味(関心)あり。怒りのホルモン分泌は観測されず)

(――落ちたわね)


 数秒の静寂の後、ヴィクターは口元を歪めた。


「……フン。お前が男であれば、即座に私の後継者にしたのだがな」


 それは、この冷徹な父からの、最大級の賛辞だった。

 彼はレポートを手に取り、パラパラと捲る。


「よかろう。勘当はせん。修道院行きも取り消す」

「賢明なご判断です」

「だが、公爵家の予算はやらんぞ。その怪しげな『科学』とやらが本当に金になるというなら、自分でスポンサーを見つけてみろ。……泳げなければ沈むだけだ」


 突き放すような言葉だが、スカーレットにはそれが「自由にやれ」という許可証に聞こえた。

 彼女は優雅にカーテシーを行う。


「ご配慮、感謝します」


(予算カットは想定内。むしろ、公爵家の紐付きでない方が動きやすいわ)


「スポンサーのアテでしたら、既にございますので」

「……何?」


 スカーレットが退出の挨拶をしようとしたその時、執事が銀の盆を持って入室してきた。


「旦那様、お嬢様。……お嬢様宛に、手紙が届いております」

「私に?」


 盆の上には、一通の封筒が乗せられていた。

 差出人の名前はない。漆黒の、厚みのある封筒だ。

 スカーレットはそれを手に取り、鼻に近づけた。


(インクの匂い。そして、微かな鉄錆と……地下特有の湿気たカビの臭い)


 普通の貴族令嬢なら顔をしかめる悪臭だ。

 だが、スカーレットの嗅覚は、その奥にあるもう一つの香りを捉えていた。


(……カカオ? それも、最高級品ね)


 地下の湿気と、甘いお菓子の香り。

 そんな矛盾した匂いを纏う人物を、彼女は一人しか知らない。

 昨夜のパーティ会場、バルコニーの陰から鋭い視線を向けていた、もう一人の王子。


「……地下室からのラブレター(招待状)ね。気が早いわ」


 スカーレットは封筒をポケットにしまうと、父に向き直った。


「それでは失礼します、お父様。……早速、『次の出資者』との面談がありますので」


 彼女は父の部屋を出て、廊下を歩き出す。

 その足取りは軽い。

 目指すは王宮の影。光の当たらない場所で待つ、共犯者の元へ。

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