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第73話(最終話):未来への鑑定書

 洗脳騒動から、数年の月日が流れた。

 ルミナス王国の王都は、劇的な変貌を遂げていた。

 空には、重力制御魔法を応用した大型の飛空船が行き交い、地上ではスカーレットの知識を元に開発された「魔導蒸気機関車」のレールが敷設され始めている。

 魔法という神秘と、科学という論理。二つの力が融合した「魔導科学」が、この国に産業革命にも似た新しい風を吹き込んでいた。


 その変革の中心地。

 王宮の地下三階、「王立科学捜査局(CSI)」の本部。

 かつて「ゴミ捨て場」と蔑まれていた場所は、今や国内最高峰の頭脳が集まる聖地となっていた。


 白衣を纏った魔導師たちが、フラスコや顕微鏡を手に忙しなく廊下を行き交う。

 その最奥にある局長室で、スカーレットは山積みの書類と格闘していた。


「……予算申請、却下。この試薬の安全性データが不足しています。……こちらは承認。新型遠心分離機の導入ですね」


 彼女は次々と書類を捌き、疲れたらデスクの上のチョコレートタワーから一粒摘んで口に放り込む。

 その手際と糖分摂取量は、数年前と変わらない。

 だが、変わったこともある。


 バンッ!


 ノックもなく、局長室のドアが勢いよく開かれた。

 厳重なセキュリティを突破して飛び込んできたのは、テロリストでも凶悪犯でもない。

 膝丈ほどの身長しかない、小さな侵入者だ。


「ママー! 大発見! 事件だよ!」


 燃えるような赤髪に、透き通るアイスブルーの瞳。

 五歳になる少年、アルベルト――愛称「アル」が、泥だらけの手で駆け寄ってくる。


「あら、アル。局長室への入室には、アポイントメントが必要だと教えたでしょう?」


 スカーレットは目元を緩め、愛息を抱き上げた。

 口では厳しく言っても、その声は甘い。


「ごめんなさい。でも、すごい『証拠』を見つけたんだ!」

「こらアル! 勝手にラボを走るなと言っただろう!」


 背後から、少し貫禄のついたレオンハルトが息を切らして現れた。

 「王太子」となっても、今は公務と育児の二刀流に追われるパパである。彼はアルを捕まえようとして、スカーレットに抱かれているのを見て苦笑した。


「……まったく。警備主任のレイブンを撒くとは、誰に似たんだか」

「パパ遅い! ほら見て、ドラゴンの卵だよ!」


 アルは得意げに、泥だらけの「石」を差し出した。

 渦巻き模様が刻まれた、灰色の石塊だ。


「……ほう。ドラゴンの卵か。それは大発見だな」


 レオンハルトが目を丸くする。ファンタジー世界の住人としては、当然の反応だ。

 だが、スカーレットは違った。

 彼女は懐から愛用のルーペを取り出し、石の表面を観察する。


「……石灰質。規則的な螺旋構造。あちこちに付着した堆積物の層」


 スカーレットは、科学者の目で診断を下した。


「残念ながら、これはドラゴンの卵ではありません」

「えーっ、違うの?」


 アルが頬を膨らませる。

 スカーレットは微笑み、石を少年の手に戻した。


「いいえ。もっと面白いものです。これは『アンモナイトの化石』」

「かせき?」

「ええ。数億年前、この場所に生きていた貝の仲間です。……つまりこの石は、かつてこの王都が『海の底』だったことを証明する、地球の記憶メモリーなのです」


 その言葉に、アルの目が輝いた。

 ドラゴンという空想上のロマンよりも、世界が海だったという「事実」の方に、知的好奇心を刺激されたのだ。


「すっげー! 海だったの!? 解剖して中を見たい!」

「テオ! 炭素年代測定の準備を! レイブン、クリーニング用のピックを持ってきて!」

「「了解です!」」


 奥の工房から、立派な髭を生やして貫禄がついた技師長テオと、白髪が交じり始めた警備隊長レイブンが顔を出す。

 彼らは手慣れた様子で、若様の「研究」の準備を始めた。


「……やれやれ」


 レオンハルトは溜息をつき、隣に立った。


「血は争えないな。道端の石ころ一つで、ここまで目を輝かせるとは」

「当然です。彼の遺伝子ゲノムには、私の『知的好奇心』と、貴方の『行動力』が半分ずつ組み込まれているのですから」

「末恐ろしいな。将来は国一番の変わり者か?」

「いいえ。優秀な捜査官になりますよ」


 スカーレットは、夫と子供、そして仲間たちが笑い合う光景を眺めた。

 かつて孤独な「悪役令嬢」だった彼女が、科学という武器一つで切り拓き、築き上げた居場所。

 ここはもう、暗い地下室ではない。未来を照らす、光の城だ。


 彼女はデスクに戻り、書きかけのレポートの最後の一行を記した。


『結論:真実は、時に残酷で、時に美しい』

『魔法はいずれ解けるかもしれない。だが、積み上げた事実と、愛という名の化学反応は、永遠にその痕跡を残し続ける』


 ペンを置き、署名をする。

 『王立科学捜査局長 スカーレット・フォン・アークライト』と。


 その時。

 局内のホットラインが、けたたましい警報音を鳴らした。

 数年前のあの日と同じ、緊急事態を告げる赤い光。


「局長! 第3区画で変死体が発見されました! 状況は不可解な密室、魔法反応はゼロです!」


 部下の報告に、その場の空気が一変する。

 スカーレットは白衣を翻し、立ち上がった。

 レオンハルトも瞬時に「父親」の顔から、頼れる「相棒」の顔に戻り、剣を取る。


「……行くぞ、スカーレット」

「ええ」


 スカーレットは眼鏡の位置を直し、アルの頭を撫でた。


「アル。ママたちは行ってきます。お留守番できますか?」

「うん! いってらっしゃい! お土産は……」

「分かっています」


 スカーレットはニヤリと不敵に微笑んだ。


「『真実ファクト』ですね」


 二人は並んで、扉を開けた。

 光あふれる廊下の向こうには、まだ解明されていない謎が、彼らを待っている。


「行きましょう、殿下。……世界はまだ、不思議で満ち溢れていますから」


 かつて「現場から失礼します」と現れた彼女は、これからも現場に立ち続ける。

 顕微鏡と、愛する夫と共に。


 二人が颯爽と駆け出していく後ろ姿で、物語は幕を閉じる。

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