第67話:科学的証拠の連打(ラッシュ)
「では、最初の議題です」
スカーレットは指示棒でスクリーンを叩いた。
映し出されたのは、ミエルが提出した「王家の認知書(手紙)」の高解像度画像だ。
「この手紙は、亡き前国王陛下が一〇年前に書かれたものとされています。……ですが、この『インク』にご注目ください」
スカーレットは画像を拡大し、美しい青色の文字を映し出す。
さらに、そのインクの成分を分析した「スペクトル・チャート」を横に並べた。
「この鮮やかな青色は、隣国ドラコニアの北部鉱山でのみ採掘される『アズライト・ブルー』という顔料です」
「それがどうした!」
正気に戻りかけた大臣の一人が叫ぶ。
「王家ならば、他国の珍しいインクを使うことくらいあるだろう!」
「ええ、あるでしょう。……もしその時代に、そのインクが存在していればの話ですが」
スカーレットは冷ややかに切り返した。
「貿易記録と地質学の資料によれば、この鉱脈が発見され、顔料として市場に流通し始めたのは『三年前』です」
会場がざわめく。
三年前。
その数字の意味に、賢い者から順に気づき始める。
「カイが生まれたのは『一〇年以上前』。……どうやら陛下は、未来で発明されるインクを取り寄せて手紙を書くという、時を超える能力をお持ちだったようですね?」
強烈な皮肉。
物理的なタイムパラドックス。
それは、魔法鑑定(血判の真偽)というミスリードを、物質の歴史という事実で粉砕する決定的な一撃だった。
「結論。この手紙は、最近になって偽造されたものです。本物なのは血判(拇印)だけ。過去の医療記録か何かから転写したのでしょう」
◇
「そ、それがどうしたの!」
ミエルが叫んだ。
彼女は必死に表情を取り繕い、涙を浮かべて訴える。
「手紙は書き直したものよ! 原本が汚れてしまったから、私が内容を書き写しただけ! 血判が本物なら、カイ様が王の子である事実は変わらないわ!」
苦しい言い訳だ。
だが、まだ「血統」そのものは否定されていない。彼女の信者だった者たちの中には、「もしかしたら……」とすがりつくような視線を送る者もいる。
「そうですか。では、生物学に語らせましょう」
スカーレットはスライドを切り替えた。
映し出されたのは、二列の複雑な縞模様。
DNA鑑定の結果だ。
「左側は、地下墓所に保管されていた『国王陛下のへその緒』から抽出したDNA。右側は、以前のパーティで『カイ少年の唾液』から抽出したDNAです」
会場の誰もが息を呑んで見つめる。
素人目にも明らかだった。
二つの波形は、全く重なっていない。共通する縞模様は一つもない。
「親子関係の確率は、0.0000%です」
スカーレットは断言した。
「生物種としての系統が違うレベルの、赤の他人です。突然変異を考慮してもあり得ません」
「そ、そんな……」
「さらに、カイ少年の遺伝子マーカーは、ドラコニア北部の山岳民族……つまり、ミエル、貴女の故郷の住人と一致しました」
スカーレットはミエルを指差した。
「貴女は、自分の領地から『たまたま顔が似ている子供』を連れてきて、王族だと偽ったのです」
決定的な証拠。
会場の空気は、疑念から確信へと変わった。
ミエルは嘘をついている。この「聖女」は、国を騙そうとした詐欺師だ。
◇
「待ってください」
その時、静かな、しかし怒りに震える声が響いた。
レオンハルトだ。
彼は壇上で、震えるカイ少年の肩を抱き寄せていた。
「スカーレット。……アレを見せてやれ」
「はい」
スカーレットは頷き、最後の証拠を投影した。
それは、カイ少年の顔写真の拡大画像だった。
目元、鼻筋、そして顎のライン。
「なぜ、赤の他人なのに顔が似ているのか? ……それは『整形』だからです」
会場から悲鳴が上がる。
「見てください。こめかみや顎にある、微細な手術痕。成長期の軟骨を、魔法で無理やり変形させた痕跡があります」
「これは……激痛を伴う施術です。麻酔なしで行われた形跡すらある」
スカーレットは、さらに少年の腕の写真を映した。
静脈に沿って、無数の注射痕が残っている。
「さらに、度重なる『投薬』の痕跡。これは洗脳薬と、成長を調整するホルモン剤でしょう」
スカーレットの声が、怒りで低く、重くなる。
「貴女は、無関係な子供を誘拐し、骨を削り、薬漬けにして『王子』という人形に作り変えた」
「これは国盗り以前の問題です。……卑劣な児童虐待です!」
その言葉は、会場にいるすべての者の倫理観を揺さぶった。
王位継承権の争いなら、まだ政治の話だ。
だが、子供を虐待し、道具として利用する行為は、人間としての一線を越えている。
レオンハルトの腕の中で、カイ少年が泣き出した。
薬の効果が切れ、悪臭のショックで自我を取り戻した彼は、堰を切ったように真実を吐露し始めた。
「……ごめんなさい。僕、王子様じゃない……」
「言うことを聞かないと、お母さんを殺すって……ミエル様が……」
「痛かった……顔が変わるの、痛かったよぉ……」
子供の悲痛な叫び。
それが、全てを終わらせた。
「き、貴様……!」
「悪魔め! 子供になんてことを!」
「騙したな! 聖女の皮を被った外道が!」
貴族たちの洗脳が完全に解け、軽蔑と激怒の嵐となってミエルに襲いかかる。
もはや、彼女を守ろうとする者は一人もいなかった。
「ち、違う……私は……」
ミエルは後ずさる。
背後に浮いていた「後光の魔道具」が、制御を失って火花を散らし、ガシャンと地面に落ちた。
ただの、悪臭まみれの嘘つき女が、そこに残された。
スカーレットは、幻灯機のスイッチを切った。
十分だ。
彼女は積み上げた虚構の城を、基礎から粉々に破壊した。
「詰み(チェックメイト)です、ミエル様」
スカーレットは冷ややかに告げる。
「貴女の魔法は解けました。……さあ、年貢の納め時ですよ」




