表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第12章:帰ってきた悪役令嬢と「完璧な証拠」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/73

第56話:王家の手紙と「血の紋章」

 熱狂に包まれた謁見の間。

 甘ったるいフェロモンの香りが充満する中、ミエル・キャンディは優雅な所作で祭壇へと進み出た。

 その手には、古びた羊皮紙が捧げ持たれている。


「陛下。そして宰相閣下。これこそが、カイ様が王家の血を引く証……亡き母君に託された、陛下ご直筆の『認知書』でございます」


 ミエルはうっとりとした表情で、その羊皮紙を掲げた。

 年月を感じさせる変色した紙片。その末尾には、署名の代わりに、赤黒く酸化した「血判(血の拇印)」が押されている。


「一〇年前……陛下は、身分違いの恋に悩みながらも、愛する女性とその結晶であるカイ様のために、自らの血で誓いを立てられたのです。『この子は我が子である。いずれ時期が来れば、王家に迎え入れよ』と」


 それは、感動的な悲恋の物語だった。

 洗脳された貴族たちは、涙を流して聞き入っている。

 玉座に座る国王――レオンハルトの父もまた、虚ろな目で頷いていた。


「おお……。そうであったか。私は、愛ゆえに……」


 記憶の改竄かいざんが行われている。曖昧な記憶の隙間に、ミエルの語る嘘が「真実」として滑り込んでいく。


「直ちに鑑定せよ!」


 宰相が叫ぶ。

 宮廷筆頭魔導師が、震える手で杖をかざした。

 この世界において、血統の証明は絶対だ。高貴な血には固有の魔力波長が宿る。それを偽ることは、魔法的に不可能とされている。


「――【王血鑑定ロイヤル・アプレイザル】!」


 杖の先から光が放たれ、羊皮紙の血判を打つ。


 カッ!!


 次の瞬間、血判が眩い黄金色の輝きを放った。

 光は宙空で収束し、一つの紋章を描き出す。

 天秤と剣。ルミナス王家を象徴する、高貴なる紋章がホログラムのように浮かび上がったのだ。


「おおぉぉ……っ!」


 会場がどよめき、次々と人がひれ伏していく。


「本物だ! 間違いなく、国王陛下の血だ!」

「奇跡だ……! 女神は我らに、新たな希望プリンスをくださった!」


 疑う余地などなかった。

 魔法が、世界が、この血判を「真正」であると保証したのだ。

 カイ少年は、紛れもなく王の子である。その事実は、フェロモンによる洗脳と相まって、強固な信仰へと変わっていく。


          ◇


 会場の末席。

 ワセリンで鼻を塞ぎ、辛うじて正気を保っていたレオンハルトが、がっくりと肩を落とした。


「……父上の血だと?」


 彼は玉座の父を見つめる。


「馬鹿な……。父上は母上を愛していた。側室さえ置かず、母上が亡くなった後も独り身を貫いた人だ。隠し子など……」

「殿下」

「だが、鑑定は絶対だ。あの紋章は王家の血にしか反応しない。……俺は、知らなかっただけなのか? 父上の裏切りを」


 レオンハルトの心が揺らぐ。

 もしカイが本当に父の子なら、自分は「正当な後継者を排除しようとする悪役」ではないのか? 戦う大義はあるのか?

 その迷いは、致命的な隙となりうる。


 しかし。

 隣に立つスカーレットだけは、冷徹な科学者の目を捨てていなかった。


「殿下。感情で判断しないでください。事実データだけを見なさい」


 彼女は扇子の陰で、隠し持っていた「単眼鏡オペラグラス」型の魔道具を目に当てた。

 それは以前、テオに作らせた「分光器スペクトル・スコープ」を内蔵した特殊レンズだ。


「血は嘘をつきません。ですが、血を扱う人間は嘘をつきます」


 スカーレットの瞳孔が収縮する。


「――【解析スキャン】」


 視界がズームされ、ミエルが掲げる羊皮紙が拡大される。

 彼女が見ているのは、光り輝く血判ではない。

 その周囲に書かれている、美しい筆記体の「文字」だ。


(……綺麗な青色。鮮やかすぎるわ)


 一〇年前の文書にしては、インクの発色が良すぎる。

 通常、植物性の染料ならば経年劣化で茶褐色に退色しているはずだ。だが、この青はまるで昨日書かれたかのように瑞々しい。


 スカーレットは指示を出す。


「今ここで『偽造だ!』と叫んでも、洗脳された彼らには届きません。揉み消されて終わりです。あの手紙の『画像データ』が必要です」

「分かった」


 レオンハルトは懐から、記録用の魔石を取り出した。

 彼は扇子の隙間から、ミエルが掲げる手紙にレンズを向け、魔力を流す。

 カシャッ。

 微かなシャッター音と共に、手紙の高解像度画像が魔石に焼き付けられた。


「……撮った。行くぞ」


 証拠は確保した。あとはここから脱出し、ラボで詳細な分析データを揃えて反撃するだけだ。

 二人は目立たぬように後退し、扉の方へ向かおうとした。


 ――だが。

 その微弱な魔力の動きを、壇上の「聖女」は見逃さなかった。


「あら?」


 ミエルが、ふと顔を上げた。

 聖母のような慈愛に満ちた微笑みのまま、彼女は会場の隅にいる二人を指差した。


「……あそこに、新しい王の誕生を喜ばない『不浄な者たち』がいるようですわ」


 その一言は、洗脳された群衆にとって「攻撃命令」に等しかった。


 ギロリ。

 百人近いの貴族、そして武装した近衛兵たちが、一斉に振り返る。

 その瞳に、理性はない。あるのは、聖女の敵を排除しようとする、狂信的な殺意だけだ。


「……レオンハルト殿下?」

「なぜ逃げるのですか? カイ様を祝福しないのですか?」

「まさか……逆賊か!?」


 空気が凍りつく。

 四面楚歌。国中が敵。


 スカーレットは扇子を畳み、ドレスの裾をまくり上げた(緊急回避モード)。


「……どうやら、学会発表の前に『運動の時間』のようですね」

「ああ。エスコートしてやる。……死ぬ気で走れ!」


 レオンハルトが剣の柄に手をかけると同時に、怒号が爆発した。

 逃走劇が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ