表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第11章:透明な切り裂き魔と『螺旋の遺伝子』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/73

第50話:騎士団の崩壊と公開断罪

 早朝の王宮、「謁見の間」。

 国の中枢であるこの場所は、張り詰めた緊張感に包まれていた。

 玉座には、病気療養中の国王に代わり、国政を預かる宰相が座している。その周囲には、各省庁の大臣や高位貴族たちが集められていた。


 その中央で、一人の男が声を張り上げている。

 近衛騎士団長、ガレス・ド・ノワールだ。


「宰相閣下! これ以上、第零班の暴挙を看過することはできません!」


 純白の礼服に身を包んだガレスは、被害者面で訴えた。


「奴らは無実の我が息子アランを拉致し、あろうことか私兵を使って騎士団本部を脅迫しました! これは捜査ではありません。第二王子レオンハルトによる、武力を用いた反乱クーデターの予行演習です!」

「ふむ……」


 宰相は困惑したように髭を撫でる。

 騎士団長の発言力は強い。だが、レオンハルト王子が理由もなく動くとも思えない。


「直ちに彼らを捕縛し、国家反逆罪で処刑すべきです! この国の秩序を守るために!」


 ガレスが拳を振り上げた、その時だった。


 ズゥゥゥゥン……!


 地響きのような音が響き、重厚な謁見の間の大扉が、悲鳴を上げて開かれた。

 いや、開かれたのではない。蹴り開けられたのだ。


「な、何事だ!?」


 貴族たちが振り返る。

 逆光の中、入り口に立っていたのは、泥と血にまみれた漆黒の戦闘服の男――レオンハルトだった。

 その背後には、ボロボロのドレスを着たスカーレットが控えている。


 そして、レオンハルトの手には、太い鎖が握られていた。

 彼が鎖を乱暴に引くと、ズルズルと「何か」が引きずり込まれてくる。


「ひぃっ!?」

「な、なんだあの化け物は!?」


 令嬢たちが悲鳴を上げ、大臣たちが後ずさる。

 それは、人の形をした「ドス黒い紫色の物体」だった。

 顔は腫れ上がり、全身が毒々しい紫色に染まっている。辛うじて服を着ていることから人間だと分かるが、その姿は異界の魔物そのものだ。


 レオンハルトは、その物体をガレスの足元へと放り投げた。


「……大事な息子を返しに来てやったぞ、ガレス」

「な……?」


 ガレスは目を剥いた。

 足元で「あう、あう」と呻いている紫色の塊。その歪んだ顔に、見覚えのある面影を見つけたからだ。


「ア、アランか!? なんだその色は! 何をされた!」

「父さん……父さんッ!」


 父親の声を聞き、アランが顔を上げた。

 彼は恐怖で錯乱していた。レオンハルトという圧倒的強者による暴力と、スカーレットによる論理的逃げ道の封鎖によって、心は既に折れている。

 彼は救いを求める幼児のように、父の足にすがりついた。


「助けて! こいつら悪魔だ! 僕をこんな色にして……!」


 べちゃり。


 アランが抱きついた瞬間、湿った音がした。

 彼を染め上げていた特殊試薬――ニンヒドリン溶液の強化版が、ガレスの純白の礼服ズボンにべっとりと付着したのだ。

 美しい白が、瞬く間に汚らわしい赤紫色に侵食されていく。


「う、わぁっ!?」


 ガレスが飛び退いた。


「離れろ! 服が汚れるだろうが!」


 彼は反射的に、息子を蹴り飛ばした。

 アランが床に転がる。

 会場に、冷たい沈黙が流れた。

 騎士団長は、傷ついた息子を心配するよりも先に、自分の服の汚れを気にしたのだ。その姿は、彼の本性を何よりも雄弁に物語っていた。


          ◇


「……汚れる、ですか」


 凛とした声が響く。

 スカーレットが進み出た。ドレスは泥だらけで、髪も乱れている。だが、その瞳に宿る理性の光は、会場の誰よりも気高く輝いていた。


「ご安心を、閣下。その紫色はただの汚れではありません。『罪の色』です」

「な、何だと……?」

「化学反応によって可視化された、貴方たちの腐敗そのものです」


 スカーレットは懐から、防水ポーチに入れて守り抜いた羊皮紙を取り出し、宰相へと提出した。


「宰相閣下。これは連続殺人事件の犯行現場に残された証拠と、アラン・ド・ノワールのDNAを照合した鑑定書です」

「で、でぃーえぬえー?」

「生命の設計図です。ご覧ください。現場の毛髪と、アラン様の型は完全一致。……さらに」


 スカーレットは、もう一枚の図面を開いた。


「アラン様の遺伝子情報(Y染色体)は、父親であるガレス騎士団長のものと、生物学的に完全にリンクしています」


 彼女はガレスに向き直り、冷徹に告げた。


「ガレス団長。貴方は以前、この鑑定書を『お絵描き』と嘲笑い、燃やしましたね?」

「ぐっ……」

「ですが、紙は燃やせても事実は消せません。何度燃やそうと結果は変わりません。貴方の血が、息子を犯人だと告発しているのです」


 逃げ場のない論理の檻。

 ガレスの顔が、怒りと恐怖で赤黒く変色する。

 彼は腰の剣に手をかけた。


「だ、黙れ! 黙れ魔女め!」


 彼は叫び、周囲の護衛騎士たちに命令を下した。


「誰か! この女をつまみ出せ! 騎士団を愚弄する逆賊だ! 斬り捨てろ!」


 しかし。

 騎士たちは、動かなかった。

 彼らは剣の柄に手をかけたまま、視線を彷徨わせている。

 目の前には、紫色の怪物に変わり果てたアランの惨状。息子を蹴り飛ばした団長の醜態。そして、全身から「正義の怒り」を放つレオンハルトの姿。

 どちらが「騎士道」に背いているか、一目瞭然だった。


「き、貴様ら! 命令が聞こえんのか!」

「見苦しいぞ、ガレス」


 レオンハルトが一歩踏み出す。

 それだけで、ガレスは腰を抜かしてへたり込んだ。


「息子は認めたぞ。『父さんが言ったんだ、バレなきゃいい、揉み消してやるって』とな」

「ひっ……!」


 アランが泣きじゃくりながら頷く。

 決定的な証言。

 宰相が、重々しく告げた。


「……勝負あり、だな」


 宰相の合図で、王宮の衛兵たちが動き出す。

 彼らが取り押さえたのは、レオンハルトたちではなく、ガレスとアランだった。


「ガレス・ド・ノワール。貴様を殺人教唆、および証拠隠滅の罪で拘束する。……息子共々、法の裁きを受けよ」

「は、放せ! 私は騎士団長だぞ! 魔法こそが正義だ! あんな紙切れ一枚で、私が裁けるものかぁぁぁ!!」


 ガレスは紫色の手形がついた服のまま、無様に引きずられていく。

 その断末魔のような叫びは、重い扉の向こうへと消えていった。

 古い権威が、新しい時代(科学)によって葬り去られた瞬間だった。


          ◇


 静まり返った広間。

 貴族たちは、畏怖の眼差しでスカーレットを見つめている。

 彼女は、乱れた髪をかき上げ、会場全体に向けて宣言した。


「皆様。魔法は素晴らしい力です。この国を支える礎です」


 彼女の声は、静かだが、隅々まで届いた。


「ですが、事実は魔法よりも重い」

「見えないから無罪、魔力がないから証拠にならない……そんな理屈は、今日で終わりです」


 彼女は眼鏡のブリッジを押し上げた。


「今後、王宮内で罪を犯せば、私の顕微鏡が全てを見ていると思ってください。……私の目からは、塵一つ逃げられませんよ?」


 それは、この国に「科学捜査」という新たな抑止力が生まれた瞬間だった。

 誰かが、パチパチと拍手をした。それはやがて、会場全体を包む喝采へと変わっていった。


「……行くぞ、スカーレット」


 レオンハルトが、スカーレットの肩を抱き寄せた。

 彼もまた、傷だらけでボロボロだ。だが、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「帰ろう。……長くて、酷い夜だった」

「ええ。酷い夜でした」


 スカーレットはふっと力を抜き、彼の腕に身を預けた。


「帰って消毒しましょう。……殿下の傷も、手当が必要です」

「ああ。頼む」


 二人は寄り添い、朝日が差し込む扉へと向かう。

 その背中は、どんな着飾った貴族よりも高潔で、美しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ