第5話:青白く光る「自作自演」の痕跡
スカーレットの断定に、ミエルがヒッ、と息を呑んだ。
彼女は震える声で反論する。
「ち、違うわ! 怖くて……暴れたのよ! 手をバタつかせた時に、たまたま手が当たっただけだわ!」
「そうだ! 転倒の拍子に手を突くことくらいあるだろう!」
ブラッドリーも必死に加勢する。
だが、スカーレットはその反論さえも予測済みだった。彼女は憐れむように首を横に振る。
「いいえ、あり得ません」
「なっ……!?」
「人間には『保護伸展反応』という本能が備わっています。転倒する時、人は反射的に『掌』を開いて体を守ろうとするのです」
スカーレットは自らの手を開いて見せる(暗闇で見えないとしても、その動作には説得力があった)。
「想像してみてください。転ぶ瞬間に、わざわざ拳を固めて、しかも関節部分から壁に突っ込む人間がいますか? それは生物としての反射行動に反します」
ボクサーでもない限り、とっさに拳で壁を殴る人間はいない。
それができるのは、ただ一つのケースのみ。
「『意図的に怪我を作ろう』という強い意志を持って、痛みを堪えながら自ら壁を殴りつけた時だけです」
逃げ場のない論理の檻。
ミエルの喉から、引きつったような音が漏れる。
「う……そ……」
カッ、と会場の魔石灯が一斉に点灯した。
眩い光が戻り、青白い幽霊のような光は物理的に見えなくなる。
しかし、その代わりに――。
顔面蒼白で、脂汗をかいて立ち尽くすミエルの姿が、衆人の目に晒された。
その右手は、痛みを隠すように震えており、包帯の下にある「拳の怪我」を雄弁に物語っている。
会場の空気が変わった。
ミエルの精神干渉による熱狂が冷め、代わりに冷ややかな疑念が広がり始める。
「今の説明、筋が通っているぞ……」
「確かに、突き飛ばされて拳で壁を殴るなんて変だ」
「あの青い光……自傷の証拠だったのか……?」
囁き声が波紋のように広がる。
スカーレットはゴム手袋を外し、パチンと弾いた。
「……青ざめた顔色の犯人をご覧いただけましたか?」
勝負あった、かに見えた。
だが、ブラッドリー王子だけは、まだ認めようとしなかった。彼は充血した目でスカーレットを睨みつける。
「ぐっ……屁理屈を! たまたまだ! 偶然拳が当たっただけかもしれないだろう!」
「ブラッドリー様……!」
「そうだ、確率がゼロじゃない限り、断定はできない! 自作自演などという妄想で、ミエルを侮辱するな!」
見苦しい悪あがき。
だが、スカーレットはそれさえも「想定内のノイズ」として処理していた。
彼女は小さく嘆息し、眼鏡をかけ直す。
(予想通り。確率論(偶然)に逃げ込みましたね。……では、確率0%の証拠で蓋をしましょう)
「想定通りの逃げ道ですね、殿下」
スカーレットはツカツカとミエルに歩み寄る。
そして、逃げようとするミエルの手首を、ガシッと掴んだ。
「ひっ!? な、なに!?」
「先ほど貴女は『私には触れられていない』と証言しましたね?」
スカーレットの瞳が、顕微鏡のレンズのように絞り込まれる。
「その言葉が嘘であることを、貴女自身の『爪』が語っていますよ。……では、『第2の実験』に移りましょう」




