表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第9章:禁断の技術「DNA」と政治的圧力

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/73

第37話:究極の個人識別「血統の螺旋(ヘリックス)」

 スカーレットは黒板に向かうと、チョークで複雑な図を描き始めた。

 二本の線が絡み合い、梯子はしごのように捻じれた奇妙な図形。


「これは『二重螺旋ダブル・ヘリックス』。私の故郷の言葉ではDNA――『デオキシリボ核酸』と呼ばれています」

「でぃーえぬ……?」

「簡単に言えば、女神が記した『生命の設計図』です」


 彼女は熱っぽく語る。


「人間、動物、植物……すべての生物は、身体の細胞の中にこの設計図を持っています。ここには、親から受け継いだ身体の特徴、体質、病気のリスク……個体を形成するすべての情報が、暗号(塩基配列)として記録されています」

「そんなものが、体の中にあるのか?」

「はい。そして重要なのは、『世界に二人として同じ配列を持つ人間はいない』ということです」


 スカーレットは黒板を叩いた。


「指紋は魔法で変えられるかもしれません。顔も整形できる。記憶さえも操作できるでしょう。ですが、細胞の核に刻まれたこの設計図だけは、決して書き換えられません」

「……神の領域だな」


 レオンハルトが息を呑む。

 魔法ですら干渉できない、生命の根源。


「それを、お前は『読む』と言うのか?」

「読みます。この髪の毛のDNA配列と、アランのDNA配列を比較し、一致すれば……それは彼が現場にいたという、動かぬ証拠になります」


 スカーレットは自信満々に告げたが、すぐに表情を引き締めた。


「ですが、大きな問題が一つあります」

「なんだ?」

「『量』です。髪の毛一本、それも毛根が千切れた状態のサンプルに含まれるDNAは、極めて微量です。このままでは少なすぎて、解析魔法(私のスキル)でも読み取れません」


 現代の科学捜査でも、微量サンプルの解析は難題だ。ましてや、電子機器のないこの世界ではなおさらである。


「なら、どうする?」

「増やします。……魔法と科学の融合ハイブリッド実験でね」


 スカーレットはテオに指示を出した。


「テオ、冷蔵庫から『あれ』を出して。火山地帯で採取したやつよ」

「はい! えっと……『火山スライムの粘液』ですね!」


 テオが運んできたのは、ドロリとした赤い液体が入った瓶だった。

 マグマの近くに生息し、高熱でも死なない特殊なスライムの体液だ。


「これから行うのは『PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応)』。簡単に言えば、『設計図のコピー機』を稼働させます」


 スカーレットは、髪の毛を溶解した液体と、スライムの粘液を混ぜ合わせる。


「DNAを増やすには、液体を高温にしたり、冷やしたりを繰り返す必要があります。ですが、普通の酵素(タンパク質)は熱を加えると壊れてしまう」

「ああ、卵がゆで卵になるようにな」

「その通りです殿下。ですが、この火山スライムの酵素は、100度の熱湯の中でも壊れません。これが、設計図を複製するための『インク』の役割を果たします」


 本来なら「サーマルサイクラー」という精密機械が行う工程だ。

 もちろん、そんな機械はこの世界にはない。


「機械がないなら、どうやって温度管理をするんだ?」

「私がやります」


 スカーレットは試験管を両手で包み込み、魔力を集中させた。


「私の魔力制御と、温度感知スキルを使えば、ビーカーの中を完璧な温度環境に保てます。……少し、集中しますよ」


          ◇


 実験室に、張り詰めた静寂が訪れた。

 スカーレットは試験管を凝視し、ブツブツと呪文のような数値を呟き始めた。


「――変性デナチュレーション。温度、九十四度へ上昇」


 彼女の手のひらが赤く発光し、試験管内の液体が沸騰寸前まで加熱される。

 二重螺旋が熱でほどけ、一本ずつの鎖に分かれる工程だ。


「三十秒キープ。……次は結合アニーリング。五十五度まで急冷」


 今度は青い光。氷魔法を微細にコントロールし、一気に温度を下げる。

 ほどけた鎖に、スライム酵素が取り付く。


「――合成エクステンション。七十二度へ」


 再び加熱。酵素が働き、DNAを複製していく。

 1本が2本に。2本が4本に。


「1サイクル終了。……2サイクル目、開始。九十四度へ」


 レオンハルトは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 側から見れば、ただ試験管を握って温度を変えているだけだ。

 だが、その魔力操作の精密さは狂気じみていた。一度でも温度を間違えれば、試料は破壊される。それを秒単位で、何十回も繰り返すのだ。


(……なんて集中力だ。戦場での剣戟けんげきよりも神経を使うぞ、これは)


 スカーレットの額に、玉のような汗が浮かぶ。

 顔色は蒼白になり、呼吸が荒くなる。脳の糖分が恐ろしい勢いで消費されていくのが、見ていても分かった。


「……二十回目。……三十回目……」


 倍々ゲームで増えていく設計図。

 三十回繰り返せば、理論上、DNAの数は十億倍に達する。

 目に見えなかった微量な痕跡が、誰の目にも明らかな「物質」としての質量を獲得する。


「――終了」


 数時間後。

 スカーレットはガクリと膝を折った。

 レオンハルトが慌てて支える。


「おい! 大丈夫か!?」

「……平気です。少し、低血糖を起こしただけ……」


 彼女は震える手で、ポケットから高級チョコレートを取り出し、包み紙ごと齧り付いた。

 荒い呼吸を整えながら、彼女は試験管を掲げた。

 見た目は、最初と変わらない透明な液体だ。

 だが、スカーレットの「目」には見えていた。その中に、数億もの「アランの分身」がひしめいているのが。


「コピーは完了しました。……これだけの量があれば、あぶり出せます」

「あぶり出す?」

「ええ。次はこれを『電気泳動』にかけ、目に見える『縞模様バーコード』として焼き出します」


 スカーレットはニヤリと笑った。疲労困憊のはずなのに、その笑顔は凶悪なまでに輝いている。


「殿下。……犯人を縛り首にするための、ロープの準備はいいですか?」

「ああ。いつでもいける」


 レオンハルトもまた、獰猛な笑みを返した。

 科学と魔法の融合実験。

 それは、権力者の首に手をかけるための、最強の武器の精製だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ