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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第7章:見えない恐怖と「ロカールの法則」

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第35話:ロカールの交換原理

 石膏の粉によって暴かれた「足跡」。

 それは、正体不明の悪霊と思われていた敵が、質量を持った人間であることを証明する決定打だった。

 騎士たちの間に漂っていたパニックは収まり、代わりに犯人への明確な殺気が場を支配し始めていた。


「……犯人が人間であることは分かった」


 レオンハルトは剣を鞘に納め、腕を組んでスカーレットを見下ろした。


「だが、依然として姿は見えないままだ。探知魔法にも引っかからない。足跡も、粉を撒かなければ見えない。……これでは、王都中の空気を殴って回るようなものだぞ」


 物理的に存在していても、認識できなければ捕まえようがない。

 それが「完全隠蔽」というスキルの脅威だった。


 しかし、スカーレットは白衣のポケットからピンセットを取り出し、不敵に微笑んだ。


「ご心配なく、殿下。私の故郷には、犯罪捜査における『金言』があります」


 彼女は人差し指を立てる。


「『すべての接触は、痕跡を残す(Every contact leaves a trace)』」

「痕跡……?」

「ええ。犯人が現場に入り、被害者と接触し、揉み合った。――ならば、犯人は必ず現場の何かを持ち去り、逆に、自分の体の一部を現場に落としています」


 エドモンド・ロカール。

 スカーレットの前世の世界における、近代科学捜査の父。彼が提唱した「交換原理」は、異世界においても物理法則として絶対の効力を持つ。


「たとえ透明人間であっても、新陳代謝までは止められません。皮膚は剥がれ落ち、髪の毛は抜け、汗は染み込む。……そこに『質量』がある限り、物質の交換トレードは不可避なのです」


          ◇


 スカーレットは再び、血に染まった遺体のそばへと戻った。

 彼女の視線は、被害者の衣服と、硬直した指先に注がれている。


「被害者の服を見てください。襟元が乱れ、ボタンが一つ引きちぎられています」

「抵抗した跡だな」

「はい。彼女は死の直前、必死に犯人にしがみついた。あるいは、首を絞めようとする犯人の腕を、爪で掻きむしった可能性があります」


 スカーレットはピンセットを構え、遺体の襟元へ顔を近づけた。


「……ですが、肉眼では何も見えませんね」


 そこには、被害者の衣服の繊維と、飛び散った血痕があるだけだ。

 犯人の髪の毛や皮膚片らしきものは見当たらない。


「犯人のスキル【完全隠蔽】は、おそらく自身の体から離れた組織に対しても、一定時間は効果を持続するのでしょう。だから、今まで誰も現場で証拠を見つけられなかった」

「透明な髪の毛を探せと言うのか? 砂浜で針を探すより難しいぞ」

「いいえ。見えなくても『在る』なら、見つける方法はあります」


 スカーレットは眼鏡のブリッジを押し上げ、集中力を極限まで高めた。


「――【解析スキャン】」


 ユニークスキルが発動する。

 彼女の視界がミクロの世界へと潜る。

 空気中に舞う塵、衣服の繊維のほつれ、血痕の飛沫パターン。

 膨大な視覚情報の中から、彼女は「不自然なノイズ」を探し求める。


(透明化とは、光の屈折率を操作し、周囲の景色を透過・反射させる技術。……ならば、そこには必ず『光の歪み』が生じる)


 彼女の目が、被害者の鎖骨のあたり、襟の裏側で止まった。

 何も無い空間。

 だが、そこだけ背景のピントが、わずかに、本当にわずかにズレていた。


(……見つけた)


 スカーレットはピンセットを伸ばした。

 傍目には、何もない空気を摘もうとしているようにしか見えない。

 騎士たちが怪訝そうに囁き合う。


「何をしているんだ?」

「やはり、気が触れているのでは……」


 雑音は耳に入らない。

 彼女は慎重に、震える指先を制御し、その「歪み」の中心へとピンセットの先端を滑り込ませた。


 カチリ。


 指先に、微かな抵抗を感じた。

 空気を摘んだのではない。確かな「物質」を挟んだ感触。


「……確保セキュア


 スカーレットはゆっくりとピンセットを持ち上げた。

 先端には、何も挟まっていないように見える。

 だが、彼女の手首は、重力に従って垂れ下がる「見えない糸」の重みを感じていた。


「長さ約一五センチ。わずかにウェーブがかかった、男性の体毛です」

「……スカーレット」


 レオンハルトが眉を寄せて覗き込む。


「俺には何も見えん。空気を摘んでいるようにしか見えないぞ」

「ええ、人間の目には見えません。ですが、物質としてはここに存在しています」


 彼女はテオを呼んだ。


「テオ。試薬瓶を。ナンバー4、『メチレンブルー溶液』です」

「は、はいっ!」


 テオが鞄から取り出したのは、濃い青色の液体が入ったガラスの小瓶だった。

 本来は細胞の核を染色したり、殺菌剤として使われたりする薬品だ。


「透明化はあくまで『光学的』な偽装です。表面をコーティングしている魔力の膜を、化学薬品が浸透・突破できれば……色素までは隠せません」


 スカーレットは、ピンセットの先端――「何も挟んでいないように見える部分」を、青い液体の中に静かに浸した。


 チャポン。


 液体が揺れる。

 数秒の沈黙。

 そして、スカーレットがゆっくりとピンセットを引き上げた、その時だった。


「――あっ!」


 テオが声を上げた。

 ピンセットの先から、青い雫が滴り落ちる。

 そしてそこには、くっきりと「青く染まった一本の髪の毛」がぶら下がっていたのだ。


「なっ……!?」

「出た! 空間から髪の毛が!」


 騎士たちがどよめき、後ずさる。

 まるで手品か、あるいは魔法を見せられたかのような衝撃。

 透明だったはずの「無」が、青い染料によって「有」へと強制的に変換されたのだ。


「……これこそが、犯人の体の一部です」


 スカーレットは勝利の笑みを浮かべ、染まった髪の毛を保存用の試験管へと封入した。


「魔法で姿を消せても、物質としての性質――薬品を吸い込み、染まるという物理現象までは誤魔化せませんでしたね」


 レオンハルトは、試験管の中で揺れる青い糸を見つめ、感嘆の息を漏らした。


「……恐ろしいな、お前の科学とやらは。魔法使いの秘儀を、ただの色水で暴くとは」

「適材適所ですよ、殿下。魔法は万能ではありません」


 スカーレットは試験管を振り、光にかざした。


「これで、犯人の『名刺』は手に入れました」

「名刺? たかが髪の毛一本だろう。これで犯人の顔が分かるわけじゃあるまいし」

「いいえ、分かりますよ」


 彼女は断言する。


「ここには、犯人の『個人情報』が全て書き込まれています。性別、年齢、健康状態、そして……」


 スカーレットは顕微鏡を取り出すまでもなく、スキルの目視だけで髪の表面を観察した。

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