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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第7章:見えない恐怖と「ロカールの法則」

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第33話:魔法警察の敗北

 王宮内にある「魔法警察・合同捜査本部」は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 広い会議室の中央には、王都の精巧な立体地図ホログラムが浮かび上がっている。そこには赤い光点がいくつも点滅しており、犯行現場と騎士団の配置を示していた。


 だが、その光景は「捜査」というよりは「パニック」に近かった。


「第四地区、反応なし! 結界のログにも異常は見当たりません!」

「馬鹿な! 衆人環視の中で人が死んだのだぞ!? 魔力反応の一つもないわけがあるか!」

「センサーの故障ではありません! 本当に、そこには『何もなかった』のです!」


 数十人の魔導捜査官たちが怒号を飛ばし、羊皮紙の束を抱えて走り回っている。

 彼らの顔には、焦燥と、それ以上の「恐怖」が張り付いていた。

 見えない敵。魔法が通じない敵。

 それは、魔法こそが世界のことわりであると信じて生きてきた彼らにとって、理解の範疇を超える現象だった。


 捜査局長である恰幅の良い男が、脂汗を拭いながら頭を抱えた。


「ありえん……。最高感度の探知結界をすり抜け、痕跡一つ残さずに人を殺すなど」

「局長! やはり人間ではありません!」


 部下の一人が悲鳴のように叫ぶ。


「これは『怨霊レイス』か、古代の『不可視の魔獣』の仕業です! 物理的な捜査など無意味だ! 直ちに神殿へ連絡し、高位の除霊師を……」


 安易な逃避。

 理解できない現象を「オカルト」のせいにして、思考を停止させる。それが、魔法至上主義の成れの果てだった。


「……ええい、背に腹は代えられん! 除霊部隊を編成しろ! 聖水を撒け!」


 局長が破れかぶれの命令を下そうとした、その時だった。


 ドォォォォン!!


 会議室の重厚な両開きの扉が、何らかの物理的衝撃によって蹴破られた。

 蝶番が悲鳴を上げ、扉が壁に激突する。

 静まり返る本部。

 土煙の中に立っていたのは、返り血で汚れた戦闘服のままの第二王子、レオンハルトだった。


「……怨霊、だと?」


 地獄の底から響くような低い声。

 レオンハルトは、後ろにスカーレットとテオを従え、部屋の中へと足を踏み入れた。

 その全身からは、周囲の空気をピリピリと震わせるほどの怒気が放たれている。


「寝言は寝室で言え、無能ども」

「で、殿下!? 無礼な! 我々は不眠不休で捜査を……」

「不眠不休で『幽霊探し』か? ご苦労なことだな」


 レオンハルトは地図のテーブルに拳を叩きつけた。

 バヂンッ、と魔力の火花が散り、ホログラムが歪む。


「貴様らが『魔力がないから見えない』『悪霊の仕業だ』と泣き言を言っている間に、犯人は物理的なナイフで、物理的に市民の喉を裂いている。……これが現実だ」

「し、しかしですな!」


 局長が顔を赤くして反論する。


「殿下は現場をご存じないからそう仰るのです! 魔力探知、熱源探知、生命探知……あらゆるセンサーが『無』を示しているのですぞ! 反応がないものを、どうやって捕まえろと言うのですか!」


 それは、彼らにとっての正論だった。

 見えないものは、存在しない。魔法がそう告げているのだから。


 だが。

 その後ろから、呆れ果てたような、冷ややかな声が響いた。


「反応がない? ……それは貴方たちのセンサーの『設定』が間違っているからです」


 スカーレットだった。

 彼女は白衣のポケットに手を突っ込み、怯える捜査官たちの間を悠然と歩いてくる。

 その視線は、無知な子供を見る教師のように冷たい。


「な、なんだ貴様は! 部外者が!」

「部外者ではありません。被害者の無念を解剖しに来た、通りすがりの科学者です」


 スカーレットは地図の前に立ち、指を鳴らした。


「いいですか、魔法使いの皆様。貴方たちは『魔力を持つ人間』を探している。だから、魔力を完全に隠蔽できるスキル、あるいは魔道具を使っている犯人が映らない」

「だから、手立てがないと……」

「いいえ。犯人が透明になっても、決して消せないものがあります」


 彼女は、まるで世界の真理を説くように断言した。


「『質量(Mass)』と『体積(Volume)』です」


 局長が口をパクパクさせる。聞き慣れない単語だ。


「質量……?」

「ええ。そこに犯人が立っているなら、その体積分の『空気』が物理的に押しのけられています。犯人が歩けば、地面には体重分の『圧力』がかかります」


 スカーレットは、先ほど現場で見てきた光景を語る。


「雨の中なら、雨粒が弾かれます。泥の上なら、足跡がつきます。たとえ『認識阻害』で目に見えなくとも、そこに物理的な干渉へこみは必ず生じる」

「そ、そんな細かいものを……」

「貴方たちは魔法オーラを見ようとしすぎです。もっと原始的な……『世界との物理的干渉』を見れば、そこにぽっかりと『空白の穴』が空いているのが分かるはずです」


 スカーレットは局長を指差した。


「幽霊はナイフを握れません。呪いは泥を踏みしめません。……これは、ただの『性格の悪い光学迷彩を使った人間』による犯行です」


 会議室は沈黙に包まれた。

 誰も反論できなかった。

 彼らが「神の視点」だと思っていた魔法の探知網が、実はザルでしかなかったことを、論理的に突きつけられたからだ。

 幽霊だ、悪魔だ、と騒いでいた自分たちが、急に滑稽に思えてくる。


 その沈黙を破ったのは、レオンハルトの厳命だった。


「聞いたな? 幽霊退治は中止だ」


 彼は冷徹に言い渡す。


「今後、本件の指揮は第零班が執る。魔法警察は、スカーレットの指示に従って『物理的な包囲網』を敷け。……文句がある奴は、今すぐ辞表を書け」

「は、はいッ!」


 局長が直立不動で敬礼する。

 完全に、指揮権が移譲された瞬間だった。


「スカーレット。指示を」

「了解しました」


 スカーレットはテキパキと指示を飛ばし始める。


「現場の保存を最優先にしてください。特に、犯人が触れた可能性のある壁、地面、そして被害者の衣服。清掃魔法クリーンは厳禁です」

「な、何を探すのですか? 犯人は見えないのに」

「犯人は見えませんが、必ず現場に『自分のカケラ』を落としています」


 スカーレットは白衣を翻し、踵を返した。


「髪の毛、皮膚片、繊維……。それらは透明化の影響下から離れれば、ただの物質に戻る可能性があります」

「行きましょう、殿下。……『エドモンド・ロカール』の法則を、この世界に教える時間です」


 彼女の瞳には、確固たる勝算が宿っていた。

 魔法の目には映らない微細な真実を、科学の目で拾い上げる。

 反撃の準備は整った。

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