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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第6章:論破と真相の解明

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第30話:第零班の勝利と評価

 深夜の王宮、魔導卿執務室。

 真犯人であるエリーゼ夫人が連行された後、部屋には重苦しい静寂が満ちていた。


 祭りの後のような虚脱感の中、スカーレットは淡々と撤収作業を進めていた。

 実験台の上に並んだビーカーや試験管、そして毒を暴いたクロマトグラフィーのガラス塔。それらを一つ一つ、丁寧にケースへと収めていく。


「テオ、ガラス器具は慎重に。これらは今日、『魔導卿の杖』よりも役に立ったのですから」

「は、はいっ! 任せてください!」


 少年テオは、自分が作った道具が最高のエリートたちを黙らせたことに興奮し、紅潮した顔で梱包を手伝っている。


 一方で、部屋に残された「敗者」たちは、未だに現実を受け入れられずにいた。

 容疑者だった弟子ギデオンと財務大臣。そして、捜査指揮官のガイルたちだ。彼らは呆然と立ち尽くし、目の前で片付けを行う白衣の令嬢を見つめている。


「……魔法が、負けたのか?」

「あんなガラス細工と、草の汁に……我々の探知魔法が?」


 彼らが信じてきた「魔法至上主義」という盤石な大地が、音を立てて崩れ去ったのだ。その衝撃は、言葉を奪うに十分だった。


 だが、その沈黙を切り裂くように、金切り声が響いた。


「ま、待て! まだ終わらんぞ!」


 ガイルだった。

 彼は充血した目でレオンハルトに食ってかかる。


「今回はたまたま毒だっただけだ! 偶然が重なったに過ぎない! これだけで魔法警察の権威が揺らぐものか!」

「……何が言いたい、ガイル」

「この件は公式には『病死』として処理する! 偉大なる魔導卿が、魔力なき女の、しかも雑草の毒で殺されたなど……そんな醜聞、公表できるわけがないだろう!」


 それは、腐敗した組織特有の、醜悪な保身だった。

 真実よりもメンツ。正義よりも体裁。

 スカーレットは手を止め、冷ややかな視線を送る。彼女が口を開こうとした時、それより早く、レオンハルトが一歩前に出た。


 ドォン。

 床を踏みしめる音が、部屋の空気を震わせる。


「……ガイル。貴様はまだ、自分の保身か?」


 レオンハルトの声は低く、地を這うような怒りを孕んでいた。


「目の前で真実が暴かれ、無実の人間(弟子と大臣)が疑われ、真犯人が罪を認めた。それでもなお、貴様は己のプライドを守るために嘘をつくと言うのか?」

「こ、これは国のための判断で……ひぃっ!?」


 ガイルが悲鳴を上げて後ずさる。

 レオンハルトが放つ威圧感プレッシャーは、物理的な質量を持って彼を押し潰そうとしていた。


「いいだろう。そこまで無能を晒すなら、相応の処置をしてやる」


 第二王子は、部屋にいる全員に向けて高らかに宣言した。


「本日ただ今をもって、王宮内における『不審死』および『貴族絡みの事件』の一次捜査権は、全て王宮警察特別捜査局・第零班に移譲する」

「な、何だと!?」

「魔法省および魔法警察は、今後、第零班の指揮下に入れ。現場保存、力仕事、そして雑用……。お前たちは我々の『下請け』として動け」


 それは、死刑宣告よりも残酷な通達だった。

 エリート中のエリートである魔法捜査官が、「ゴミ拾い」と蔑んでいた部署の、しかも魔力をたいして持たない令嬢の部下になる。

 プライドの塊である彼らにとって、これ以上の屈辱はない。


「そ、そんな馬鹿な! 王族といえど横暴だ! 陛下が認めるはずがない!」

「父上(国王)の許可なら既に取ってある。『俺が勝てば好きにしろ』とな」


 レオンハルトは、腰を抜かしたガイルを冷徹に見下ろした。


「それに、貴様には別の場所を用意してやる。……捜査怠慢による重過失、および証拠隠滅教唆の疑いだ。牢獄で頭を冷やせ」

「あ……あぁ……」


 ガイルは崩れ落ち、床に手をついた。

 完全なる敗北。下剋上の完了である。


          ◇


 ガイルが衛兵に連行された後、部屋には重苦しい、しかし先ほどとは質の違う空気が流れていた。

 生き残った二人の容疑者――弟子ギデオンと財務大臣が、おずおずとスカーレットに近づいてくる。


 彼らの目に、かつてのような侮蔑の色はない。

 あるのは、理解の範疇を超えた存在に対する、根源的な「恐怖」と「敬意」だった。


「……あ、あんた、何者なんだ?」


 ギデオンが震える声で問う。


「魔法も見ずに、毒の種類を特定し、見えないトリックを暴いた。……一体、どんな魔眼を持っているんだ?」

「魔眼? 過大評価ですね」


 スカーレットは白衣を翻し、彼らに背を向けた。


「私はただの『観察者』です。貴方たちが見ようとしなかった、ミクロの世界を見ていただけ」

「観察、だけで……」

「ええ。それと、命拾いしましたね」


 彼女は振り返り、淡々と言い放つ。


「もし犯人がもう少し賢ければ、次に毒入りワインを飲むのは、目障りな貴方たちだったかもしれませんよ? ……魔法過信は命取りです。せいぜい、食事の前の『毒見』を怠らないことですね」


 二人の顔色が青ざめる。

 彼らは無言で、何度も頭を下げて部屋を出て行った。

 その背中は、二度とスカーレット・ヴァレンタインという女には逆らうまいと、雄弁に語っていた。


          ◇


 東の空が白み始める頃、スカーレットたちは地下ラボへと戻ってきた。

 徹夜の捜査と実験、そして権力闘争。疲労はピークに達しているはずだが、チームの足取りは軽かった。


「すごかったです、局長!」


 テオが興奮気味に腕を振る。


「あの偉そうな捜査官たちが、何も言えなくなって! 僕のガラス器具が、魔法使いの杖に勝ったんですね!」

「ええ、テオ君の技術の勝利よ。貴方が作ったカラムがなければ、あの毒は暴けなかった」

「へへへ……!」


 侍女のレイブンも、珍しく口元に笑みを浮かべていた。


「お嬢様のメス捌き、見事でした。死者も、そして虐げられた生者も、少しは救われたことでしょう」

「……そうだといいけれど」


 スカーレットは執務室のソファにどさりと倒れ込んだ。


「よくやった、スカーレット。賭けは俺の勝ちだな」


 レオンハルトが、淹れたてのコーヒー(砂糖多め)を差し出す。


「これで第零班の権限は確立された。予算も倍増だ。」

「感謝します、スポンサー様。増えた予算で、新しい遠心分離機と……高級茶葉を買わせていただきます」


 スカーレットはコーヒーを受け取り、一口飲むと、深い安堵の息を吐いた。

 地下室の空気は相変わらずカビ臭いが、今の彼女たちには、どんな香水よりも清々しく感じられた。


          ◇


 この事件を境に、王都の貴族たちの間、そして裏社会の住人の間で、ある噂が囁かれるようになった。


『王宮の地下には、魔法が通じない魔女がいる』

『見えない証拠を暴き、完全犯罪を葬る死神だ』


 人々は畏怖と、奇妙な期待を込めて彼女をこう呼んだ。

 魔法の嘘を切り裂く者――『魔法使い殺し(メイジ・キラー)』。

 あるいは、『真実の解剖医トゥルース・ディセクター』と。


 だが、そんな二つ名など知る由もなく。

 ラボのソファでは、稀代の法科学者が、泥のように眠りに落ちていた。

 無防備な寝顔。少し開いた口。


「……魔女でも死神でもないな」


 レオンハルトは彼女に毛布をかけ、その寝顔を見下ろして苦笑した。


「ただの、甘党の変人だ」


 そう呟く彼の表情は、今まで誰にも見せたことのないほど、穏やかで優しいものだった。

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