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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第6章:論破と真相の解明

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第28話:追い詰められた真犯人

 深夜の魔導卿執務室。

 スカーレットに指名された公爵夫人、エリーゼは、糸が切れた人形のように力なく立ち上がった。

 喪服に身を包んだ彼女は、顔面蒼白で、小刻みに震えている。その瞳には涙が溢れ、見る者の庇護欲を掻き立てるほどに儚げだった。


「……ひどいですわ」


 エリーゼは濡れた瞳で訴える。


「私が夫を殺したなんて……。どうしてそのような恐ろしいことを仰るのですか?」

「事実だからです」

「違います! 私は『無環ノー・リング』ですのよ?」


 彼女は自分の首元――魔力を持つ者が誇らしげに下げる『魔導の首飾り』が存在しない、何もない首筋を見せた。


「私には魔力も、才能もありません。夫からはいつも『出来損ない』と罵られていました。そんな私が、偉大な魔導卿である夫を殺せるはずがありませんわ。ましてや、結界を破るような高度なトリックなど……」


 その悲痛な訴えに、同席していた男性陣が動揺する。

 弟子であるギデオンが、庇うように声を上げた。


「そ、そうだ! 夫人にそんな大それたことができるわけがない! 彼女は魔法の基礎理論さえ知らない素人だぞ!」

「状況証拠だけで夫人を犯人扱いするのは暴論だ。彼女は被害者なんだぞ!」


 財務大臣も同調する。

 彼らの反応は、このルミナス王国における一般的な価値観そのものだった。

 『魔力こそが力』。『魔力なき者は無力』。

 だから、最強の魔法使いが殺されたなら、犯人もまた強力な魔法使いでなければならない――という、無意識のバイアス。


(……浅はかですね)


 スカーレットは眉一つ動かさず、彼らの同情劇を冷めた目で見つめた。


(「弱者だから犯人ではない」というのは、捜査において最も危険な先入観です)


 彼女は一歩、前に進み出た。

 その足音だけで、場の空気が張り詰める。


「夫人。魔力がないことは、無実の証明にはなりません」


 スカーレットは冷徹に告げた。


「むしろ、魔力がないからこそ、貴女は『魔法を使わない殺し方』を選んだのです。魔法使いが警戒しない『物理的な毒』と『物理的な時限装置』を」

「ですが……私にはアリバイがあります! 犯行時刻、私は別邸でお茶会をしていました。使用人たちが証人です!」

「ええ、存じています。ですが、先ほど説明した通りです」


 スカーレットは実験台の上の、溶けきった氷を指差した。


「『氷のトリック』は、不在証明アリバイを無効化します。貴女が必要だったのは、犯行時刻にここにいることではありません」

「……」

「貴女が必要としたのは、結界が張られる前――『夕食の準備の時間』に、氷をすり替える一瞬の隙だけです」


 レオンハルトが資料に目を落とし、裏付けを取る。


「……証言によると、今日のワインとグラス、そして氷を用意したのは夫人だな?」

「それは……妻としての務めですもの……。夫は気難しい人でしたから、飲み物の用意だけは私にさせて……」

「その務めこそが、誰にも怪しまれずに凶器(氷)をセットできる、唯一にして最大の好機チャンスでした」


 スカーレットの指摘に、エリーゼが言葉を詰まらせる。

 だが、彼女はまだ諦めていない。唇を噛み締め、必死に反論を試みる。


「証拠はあるのですか!? 氷が溶けた水が怪しいというだけで、私がやった証拠にはなりません! 誰かがこっそり入れたのかもしれないじゃありませんか!」

「往生際が悪いですね」


 スカーレットは溜息をつき、机の上の「汚れたゴミ箱」を引き寄せた。

 現場検証で、ガイルに「汚らわしい」と罵られた、あのゴミ箱だ。


「このゴミ箱の底の水からも、高濃度のトリカブト毒が検出されました」

「……っ!」

「被害者は几帳面でした。飲み残しの液体を、紙くず用のゴミ箱に捨てるはずがない。……ここに液体(氷)を捨てたのは、『証拠隠滅を焦った人物』だけです」


 スカーレットは、エリーゼの目を真っ直ぐに見据えた。


「貴女は厨房で毒入り氷を作った際、製氷皿に残った『失敗作』か『余った氷』を処分する必要があった。トイレに流せばよかったのに、誰かに見られるのを恐れて、とっさに目の前のゴミ箱に隠した」

「ち、違……」

「固体の氷なら見つかるかもしれない。でも溶ければ水になって、ゴミの下に隠れる。……そう思ったのでしょう?」


 図星だったのだろう。エリーゼの視線が泳ぐ。

 その「焦り」こそが、彼女が冷静な暗殺者ではなく、追い詰められた素人であることの証明だった。


「その行動心理が、貴女の指紋のように現場に残っています」

「想像よ! 全部あなたの妄想だわ! 私が毒草なんて触るはずがない!」


 エリーゼはヒステリックに叫び、両手を背中へと隠した。

 その過剰な反応を、スカーレットは見逃さなかった。


「……手を見せなさい」

「嫌よ!」

「見せなさいと言っているのです」


 スカーレットが合図を送る。

 瞬間、影のように控えていた侍女のレイブンが動いた。

 音もなくエリーゼの背後に回り込み、その両手首を掴み上げる。


「きゃっ!? 離して! 乱暴しないで!」

「公務執行妨害です。大人しくしてください」


 レイブンは無表情のまま、夫人の右手を長机の上に固定した。

 細く、白い指。庭いじりをしていたとは思えないほど、手入れされた美しい手だ。

 だが、スカーレットは知っている。美しさの裏に隠された、微細な真実を。


「テオ、幻灯機プロジェクターを」

「は、はいっ!」


 準備していた魔導幻灯機が起動する。

 スカーレットは自身の額をレンズに当て、スキルを発動させた。


「――【微細構造解析マイクロ・スキャン】」


 強烈な光と共に、壁に巨大な映像が投影される。

 映し出されたのは、エリーゼの「人差し指の爪の間」の超拡大映像だ。


「あ……」


 会場の誰もが息を呑んだ。

 一見綺麗に見える爪の隙間。

 だが、高倍率で拡大されたその奥には――拭き取りきれなかった「紫色のシミ」と、微細な「緑色の繊維片」が挟まっていた。


「貴女は念入りに手を洗ったでしょう。ですが、爪の甘皮の奥に入り込んだ植物の汁までは落ちていません」


 スカーレットは、事前に分析しておいたデータシートを掲げた。


「この植物片の細胞(DNA)と、被害者の胃の中から検出された毒物のDNA……完全一致パーフェクト・マッチしました」


 それは、言い逃れようのない「死刑宣告」だった。


「貴女がトリカブトをすり潰し、その毒を氷に混ぜ、その手で夫を殺した。……これ以上の証拠が必要ですか?」


 巨大なスクリーンに映し出された、動かぬ証拠。

 それを見上げ、エリーゼの悲鳴が止まった。

 部屋には、プロジェクターの駆動音だけが低く響いている。


 ギデオンも、財務大臣も、ガイルも、誰も言葉を発せなかった。

 魔法の力ではない。

 ただの「草」と「水」と「観察眼」だけで、完全犯罪が暴かれたのだ。


 やがて。

 エリーゼの瞳から、怯えの色が消えた。

 今まで張り詰めていた糸が切れたように、彼女の肩から力が抜ける。

 代わりに浮かんだのは、深く、暗い絶望と――そして、奇妙なほどの安堵だった。


「……すごいわね」


 彼女はゆっくりと顔を上げ、スカーレットを見た。

 その口元に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「魔法使いのあの人には、一生見えなかった景色だわ」


 もはや、弱者の仮面は剥がれ落ちていた。

 そこにいるのは、一人の覚悟を決めた殺人犯だった。


 スカーレットは眼鏡の位置を直し、静かに告げた。


「動機をお話しください。……魔力なき貴女が、なぜ国一番の魔法使いを殺さねばならなかったのか」


 真犯人の独白が、静寂の執務室に語られ始める。

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