表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第5章:科学実験とトリックの欠片

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/73

第24話:失われた知識「トリカブト」

 第零班ラボの実験台の上で、一本の試験管が妖しく輝いていた。

 中に入っているのは、鮮やかな橙赤色オレンジレッドの液体。

 それは、クロマトグラフィーによって抽出された、魔導卿の死の直接的な原因物質だ。


「……確定です」


 スカーレットは試験管をライトにかざし、揺らめく液面を見つめた。


「魔導卿ヴァルド公爵を殺したのは、高位の呪いでも、暗殺魔法でもない。路傍に咲く、ただの花でした」

「その毒の名は?」


 レオンハルトが、固い声で問う。


「学名『アコニタム』。和名では『トリカブト』と呼ばれます」


 スカーレットは淡々と解説を始めた。


「特にその根に含まれるアルカロイド成分『アコニチン』は、即効性の猛毒です。致死量はわずか数ミリグラム。私の故郷の知識で言えば、フグテトロドトキシンに次ぐ、自然界最強クラスの神経毒ですね」


 彼女は自身の首筋に指を這わせる。


「摂取すれば、神経系のナトリウムチャネルが阻害されます。まずは口の痺れ、次に嘔吐、そして不整脈。最終的には呼吸筋が麻痺し、意識があるまま窒息死します」

「……なんて苦しみだ」

「ええ。遺体の『縮瞳』『チアノーゼ』『泡状の唾液』。すべての症状が、アコニチン中毒の特徴と合致します」


 死因は特定された。だが、レオンハルトの眉間には深い皺が刻まれたままだ。


「聞いたことがないな。俺も騎士団で毒物の知識は叩き込まれたつもりだが、魔法省のデータベースにそんな毒はなかったはずだ」

「それが『魔法文明の驕り』です、殿下」


「トリカブトはただの植物です。魔力を持ちません」

「……そうか」

「魔導捜査官の持っているセンサーは、『魔力のないものは脅威ではない』という欠陥プログラムで動いているのです」


          ◇


 スカーレットは、黒板に貼られた三人の容疑者の写真を指差した。

 弟子ギデオン、財務大臣、そして妻エリーゼ。


「プロファイリング(犯人像の分析)を行いましょう」


 彼女はチョークを構え、迷いなく二人の写真に×印をつけた。

 弟子と、財務大臣だ。


「弟子はエリート魔導師、大臣は金持ちの高官です。彼らは魔法至上主義の権化。もし人を殺すなら、自慢の魔法や、高価な魔法毒を使うでしょう」

「確かに。わざわざ文献を漁ってまで、貧民の雑草を使おうとは思わんか」

「ええ。彼らのプライドが、そんな『泥臭い手段』を選ばせません」


 スカーレットの指先が、最後に残った写真――容疑者C:妻エリーゼの上で止まる。


「この毒にたどり着くのは、『魔法に頼れない弱者』であり、かつ『植物に詳しい人物』です」

「……夫人は、屋敷の庭いじりが唯一の趣味だったな」


 レオンハルトが重々しく頷く。


「そうだ。彼女は魔力がない『無環ノー・リング』だ。夫である魔導卿からは虐げられ、魔法の使用を禁じられていた」

「彼女なら、観賞用と偽ってトリカブトを育てていても、誰にも怪しまれません。夫も弟子も、それをただの『雑草』だと思っていたでしょうから」


 動機。知識。そして入手経路。

 すべての条件が、虐げられた妻を指し示している。


 だが、レオンハルトはまだ納得していなかった。彼は捜査官としての鋭い視線を向ける。


「筋は通っている。だがスカーレット、最大の壁が残っているぞ」

「壁?」

「『実行手段ハウダニット』だ。彼女には鉄壁のアリバイがある」


 彼は懐中時計を取り出し、時間を確認した。


「犯行時刻の二十一時、彼女は別邸で使用人たちとお茶会をしていた。これは複数の証言で確定している」

「ええ」

「そして現場は、魔導卿が自ら張った『三重結界』の中だ。外部からの侵入も、遠隔操作も不可能。……毒草を持っていたとしても、それをどうやって結界の中の夫に飲ませる?」


 どれほど動機があろうと、物理的に不可能であれば罪には問えない。

 それが「密室殺人」の壁だ。


 しかし、スカーレットは動じなかった。

 彼女は実験台の端に置かれたビーカーを手に取った。

 中に入っているのは、先ほどの実験で使った「氷」の残骸だ。今はもう溶けて、ただの水になりかけている。


「殿下、まだ魔法のルールに縛られていますね」

「何?」

「犯人は、結界の中に『入る』必要はありません。結界が張られる前に、『時限装置』を仕掛ければいいのです」


 スカーレットは、現場検証で採取した三つのサンプル瓶を並べた。

 『グラスの水滴』、『水差しの水』、『ゴミ箱の底の水』。


「現場検証を思い出してください。被害者のグラスに残った水滴と、ゴミ箱の底に溜まっていた水……。これらは、部屋にあった水差しとは成分ミネラルバランスが異なっていました」

「ああ。だが、それがどうした?」

「では、この水はどこから来たのか? なぜ、ゴミ箱の底が濡れていたのか?」


 スカーレットは不敵に微笑む。

 その顔は、難解な数式を解き明かした数学者のように晴れやかだった。


「答えは『相転移フェーズ・トランジション』です」

「そうてん……い?」

「物質の状態変化のことです。固体から液体へ、液体から気体へ」


 彼女は溶けかけの氷を指差した。


「時間が経てば形を変え、証拠を消し、毒を吐き出す……。魔法使いの盲点を突いた、『氷の魔弾』のトリックを証明出来そうです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ