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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第4章:不可能犯罪と無能な捜査

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第18話:容疑者たち(全員アリバイあり)

 王宮の地下三階、第零班ラボ。

 地上での騒動が嘘のように、そこは冷たく静まり返っていた。


 運び込まれた魔導卿ヴァルド公爵の遺体は、スカーレットの指示により、即座に「検死保管庫モルグ」へと収容された。大量の氷魔石によって冷蔵保存され、腐敗の時計は止められている。


 一方、執務エリアでは、スカーレットが白衣の袖をまくり上げ、壁一面に設置された巨大なブラックボード(黒板)に向かっていた。

 コツ、コツ、とチョークが硬質な音を立てる。


「さて、殿下。被害者である魔導卿の『人間関係パラメーター』を整理しましょう」


 彼女は黒板の中央に【被害者:ヴァルド公爵】と書き、そこから放射状に線を引いた。


「彼を殺す動機を持った人間は?」

「山ほどいるな」


 レオンハルトは革張りのソファに深く腰掛け、苦々しげに吐き捨てた。


「ヴァルド公爵は優秀な魔法使いだったが、人格は最悪だ。平民をモルモット扱いし、部下の手柄を奪う。自分以外の人間を道具としか思っていない、典型的な『選民思想』の塊だった」

「殺されて当然、ということですね。動機の面では絞り込めない、と」


 スカーレットは感情を排して頷く。

 被害者が善人か悪人かなど、検死官には関係ない。重要なのは「誰が、どうやって殺したか」という事実のみだ。


「だが、実行可能な立場にいた者は限られる」


 レオンハルトは、王宮警察のデータベースから引き出した羊皮紙の束をテーブルに広げた。


「あの夜、魔導卿の執務室周辺にアクセスできた可能性がある人物。そして、強い殺意を持っていた人物。……候補は三名だ」


          ◇


 スカーレットはレオンハルトが読み上げる情報を、要約して黒板に書き込んでいく。


【容疑者A:弟子ギデオン(28歳・銀環)】

「魔法省の次席魔導官だ。ヴァルド公爵の一番弟子だが、長年、自分の研究成果を師匠に盗用されていたらしい」

「アカデミック・ハラスメントですね。動機としては十分です」

「師が死ねば、彼が次期魔導卿の最有力候補になる。利益も最大だ」


【容疑者B:政敵・財務大臣(50歳・金環)】

「予算配分を巡って、公爵と骨肉の争いを繰り広げていた。先週の御前会議でも『あいつさえいなければ国が富むのに』と公言している」

「金と権力を持つタイプですね。裏社会の人間を使って毒を入手することも可能でしょう」


【容疑者C:妻エリーゼ(40歳・無環)】

「公爵夫人だ。……だが、彼女の立場は弱い」

「弱い?」

「彼女は魔力を持たない『無環ノー・リング』だ。政略結婚で嫁いだが、公爵からは『魔力のない欠陥品』として冷遇されていた。使用人たちの証言では、日常的な暴力もあったらしい」

「……DV(家庭内暴力)ですか」


 スカーレットの手が僅かに止まる。

 三名の容疑者。

 野心家の弟子、権力者の政敵、そして虐げられた妻。

 ミステリーの登場人物としては申し分ない配役だ。


「動機は全員にありますね。では、実行可能性フィージビリティは?」


 スカーレットが振り返ると、レオンハルトは首を横に振った。

 その表情は険しい。


「全員、クロに近いがシロだ」

「アリバイがあるのですか?」

「ああ。それも、魔法によって証明された鉄壁のアリバイがな」


 レオンハルトは、結界管理室から取り寄せたログデータを提示した。


【20:00】

 魔導卿が執務室に入室。

 直後に『三重結界(物理・魔法・空間遮断)』を起動。


【21:00】

 死亡推定時刻(スカーレットの検死による)。


【翌08:00】

 秘書が出勤し、結界の解除を確認して入室。遺体発見。


「この間、結界を通過したIDは存在しない。無理やり破れば警報が鳴るが、それもなし」

「完璧な密室ですね」

「その上で、容疑者たちの行動記録だ」


 弟子ギデオン:

 20時から22時まで、王立図書館で文献を複写していた。司書と複数の学生が証言。


 財務大臣:

 王都の夜会に出席。百人近い貴族と談笑しており、抜け出す隙はなかった。


 妻エリーゼ:

 別邸のサロンにて、メイドたちとお茶会を開いていた。一歩も外に出ていないと使用人全員が証言。


「物理的にも魔法的にも、犯行時刻である21時に、彼らが執務室に入ることは不可能だ。遠隔魔法も結界に阻まれる。転移魔法の痕跡もない」


 レオンハルトは、悔しげに拳を握った。


「ガイルたちが『病死』と断定したのも無理はない。常識的に考えれば、誰も殺せない状況だ」


          ◇


 沈黙がラボを支配する。

 だが、スカーレットは黒板の前で腕を組み、静かに思考を巡らせていた。

 彼女の目には、絶望の色はない。むしろ、複雑なパズルを前にした子供のような、純粋な知的好奇心が宿っている。


「……常識、ですか」


 スカーレットは、証拠品として持ち帰った「銀の水差し」と「ワイングラス」を手に取った。

 そして、意味深に微笑む。


「殿下、貴方は『犯行時刻(21時)』に犯人が現場にいなければならない、と考えていますね?」

「違うのか? 毒を盛るなら、飲む直前か、飲んでいる最中だろう」

「それは固定観念です」


 スカーレットはグラスを傾ける。残っていた赤ワインの澱が揺れる。


「もし、結界が張られる前……例えば夕食の準備をしていた『19時50分』の段階で、『1時間後に毒が発生する仕掛け』をセットしていたとしたら?」

「1時間後……? 時限爆弾のようなものか?」

「ええ。魔法ではなく、物理法則を使った時限装置です」


 彼女の脳裏に、現場のゴミ箱の底に溜まっていた「水」の記憶が蘇る。

 そして、グラスに残っていた水滴。

 全ての事象が、一つの答えを指し示していた。


「犯人は現場にいなかった。ただ、『熱力学』という殺し屋を部屋に置いていったのです」


「さて、実証実験の準備を!」


「この『分離器セパレーター』を使います。……ワインの中に溶けた『見えない殺意』を、色付きで引っ張り出すためにね」


 容疑者は絞られた。

 あとは、その「方法トリック」を証明するだけだ。

 魔法の壁を、科学のくさびが打ち砕く時が来た。

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