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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第4章:不可能犯罪と無能な捜査

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第17話:スカーレットの違和感、レオンハルトの決断

 魔導卿の執務室に、冷たい沈黙が張り詰めていた。

 「これは毒殺だ」と断言したスカーレットに対し、捜査指揮官ガイルの顔色は、怒りで赤黒く変色していた。


「……ふざけるな! 魔力のない小娘が、捜査の何を知っている!」


 ガイルが唾を飛ばして怒鳴る。


「我々は魔法省のエリートだ! その我々が『反応なし』と判断したのだぞ! 貴様の妄言は、魔法省の威信に対する侮辱だ!」

「威信? そんな感情論で現場を汚染しないでください」


 スカーレットは冷ややかに言い放つと、ガイルを障害物オブジェのように避けて歩き出した。


「泥を塗っているのは私ではありません。貴方たちの『節穴』です。……邪魔ですので退いてください」


 彼女はガイルを無視し、再び現場の観察オブザベーションに戻る。

 目指すのは、遺体が突っ伏していた執務机だ。


          ◇


 スカーレットは机の前に立つと、遺留品を入念にチェックし始めた。

 被害者の最期の時間を再現するために。


 1.飲みかけの赤ワイン。

 グラスの底にはおりが沈んでいる。半分ほど残っており、こぼれた形跡はない。


 2.銀の水差し(ピッチャー)。

 中には透き通った水が入っている。


 3.書きかけの書類。

 インクが滲んでいる。執務中に突然死した証拠だ。


(……違和感がある)


 スカーレットは白手袋越しに、銀の水差しに触れた。

 ひんやりとしているが、冷たくはない。


「――【解析スキャン】」


 ユニークスキルが発動する。

 視界に温度分布サーモグラフィーが表示される。


(水温十八度。室温と同じ。……ここまでは普通ね)


 次に彼女は、視線を下に移した。

 机の下。主人が足を置くスペースの隅に、豪奢な装飾が施された「ゴミ箱」が置かれている。


 スカーレットが呟き、ゴミ箱の中に手を突っ込もうとした、その時だった。


「いい加減にしろッ!!」


 背後から怒声が響いた。

 ガイルだった。彼の堪忍袋の緒がついに切れたのだ。


「貴様、神聖な魔導卿の遺品をゴミ扱いするか! 薄汚い手で証拠を荒らすな!」

「証拠を探しているのです。このゴミ箱の中に、犯人の尻尾があります」

「黙れ! 衛兵! この無礼な女を捕らえろ! 公務執行妨害および不敬罪だ!」


 ガイルの命令で、武装した魔法衛兵たちが杖を構えて殺到する。

 スカーレットはゴミ箱を抱えたまま立ち上がろうとしたが、華奢な令嬢の腕力では、武装した男たちに敵うはずもない。


(……強行突破は非合理的ですね。さて、どうしましょう)


 彼女が冷静に次の手を計算しようとした、その瞬間だった。

 スカーレットの視界の端で、黒い影が爆発的に加速した。


 ドゴォッ!!


 鈍く、重い衝撃音が室内に響き渡る。

 先頭でスカーレットに掴みかかろうとした衛兵が、まるで砲弾のように吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。


「な……ッ!?」


 ガイルが目を剥く。

 スカーレットの前に、一人の男が立ちはだかっていた。

 第二王子、レオンハルト。

 彼は魔法を使っていない。純粋な身体能力による「蹴り」一発で、大男を吹き飛ばしたのだ。


 レオンハルトは、氷のような瞳で周囲の衛兵たちを射抜いた。


「……俺の部下に、指一本でも触れてみろ」


 低い声。だが、そこには絶対的な殺気が込められていた。


「その腕、へし折るぞ」


 そのプレッシャーに、エリートであるはずの魔導捜査官たちが震え上がり、後ずさる。

 「氷の王子」と呼ばれ、宮廷政治から距離を置いていた第二王子。その本性が、これほどまでに獰猛な武人であったことを、彼らは初めて知ったのだ。


「で、殿下! 正気ですか!?」


 ガイルが裏返った声で叫ぶ。


「魔法探知を否定して、こんな素人の妄想を信じるのですか! この女は適当なことを言って、現場を撹乱しているだけですぞ!」

「妄想、か」


 レオンハルトは、背後のスカーレットを一瞥もしないまま、冷徹に言い放った。


「いいや。彼女はこれまで、一度も間違えなかった」

「し、しかし! 魔法のセンサーが絶対なのは常識で……」

「なら、その常識が間違っているのだろう。俺は、お前たちの高性能なセンサーよりも、彼女の曇りなき『眼』を信じる」


 迷いのない言葉。

 スカーレットは少し驚いて、彼の背中を見つめた。

 ここまで全面的に信頼されるとは、計算外だったからだ。


 レオンハルトは、ガイルに向かって宣言した。


「この捜査の全責任は、第二王子レオンハルトが負う。もし彼女の推理が外れていれば、俺は王位継承権を放棄し、謹慎しよう」

「なっ、王位継承権を……!?」

「だが――もし他殺だった場合」


 レオンハルトは口元を歪め、獰猛に笑った。


「現場を誤診し、あやうく完全犯罪を見逃しかけた貴様らのクビがどうなるか……覚悟しておけよ?」


 それは賭けだった。

 自分の人生をチップにした、あまりにハイリスクな賭け。

 ガイルは脂汗を流し、唇を噛み締めた。王族にそこまで言われては、これ以上妨害することはできない。もし本当に他殺だった場合、自分の破滅が確定するからだ。


「……っ、後悔しますよ殿下! 行くぞ!」


 ガイルは捨て台詞を吐き、部下たちを引き連れて部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉まる。

 静寂が戻った部屋で、レオンハルトが振り返った。


「……大丈夫か、スカーレット」

「ハイリスクな賭けですね、殿下。私の推理が間違っていたら、貴方は無職ですよ?」

「はっ。その時は、君の助手として雇ってもらおう。テオよりは役に立つはずだ」


 レオンハルトは軽口を叩くが、その額には薄く汗が滲んでいる。彼もまた、必死だったのだ。

 スカーレットは小さく微笑み、抱えていたゴミ箱と、机の上のワイングラスを掲げてみせた。


「ご安心を。勝率は一〇〇パーセントです」

「何か見つけたのか?」

「ええ。犯人がうっかり残してしまった、『時間のカケラ』を見つけました」


 スカーレットの瞳が、理知的な光を帯びる。


「ラボへ戻りましょう、殿下。『見えない毒』の正体と、密室を破ったトリック……すべてを暴くための、化学実験クッキングの時間です」

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