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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第4章:不可能犯罪と無能な捜査

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第16話:完全なる密室と「病死」の判定

 魔導卿の執務室前。

 そこは、重厚なマホガニーの扉を背にして、豪奢なローブを纏った魔導捜査官たちが壁のように立ちはだかる場所だった。

 彼らの中心にいる男――捜査指揮官ガイルが、蔑むような視線を投げかけてくる。


「お引き取りください、レオンハルト殿下。そして……その薄汚い地下のネズミも」


 ガイルは鼻先で笑い、スカーレットを一瞥した。

 薬品とカビの臭いが染み付いた白衣姿の令嬢など、魔法省のエリートである彼にとっては視界に入れる価値もない存在なのだろう。


「言葉を慎め、ガイル」


 レオンハルトが低い声で威圧する。


「彼女は王命を受けた特別捜査官だ。現場を見せる義務がお前にはある」

「王命? ああ、陛下も物好きでいらっしゃる。ですが無駄足ですよ。既に結論は出ています」


 ガイルは胸を張り、高らかに宣言した。


「『事件性なし』。ヴァルド公爵閣下は、激務による心臓発作で亡くなりました。偉大な魔法使いの最期としては、あまりにあっけない幕切れですがね」


 病死。

 その言葉を聞いたスカーレットは、小さく鼻をひくつかせた。


(……鉄と血の臭い? いいえ、もっと土臭い……植物特有の青臭さが、残り香として漂っているわ)


 微かだが、確実に鼻腔を刺激する違和感。

 彼女はガイルの言葉を無視し、無言で彼の脇をすり抜けようとした。


「おい! どこへ行く!」

「現場です。貴方の退屈な講釈を聞くより、遺体に聞いた方が早いですから」


 スカーレットは制止の手をひらりと躱し、執務室の中へと足を踏み入れた。


          ◇


 部屋に入ると、そこは不気味なほどの静寂に包まれていた。

 床には毛足の長い高級絨毯が敷き詰められ、壁一面の本棚には膨大な魔導書が並んでいる。争った形跡はない。家具一つ、書類一枚乱れていなかった。


 そして、部屋の中央。

 執務机に突っ伏すようにして、一人の老人が息絶えていた。

 長い白髪、豪奢なローブ。この国の魔法の頂点にいた男、ヴァルド公爵だ。


「……綺麗な現場ですね」


 スカーレットが呟くと、追いかけてきたガイルが得意げに言った。


「当然です。いいですか? 昨夜二十時、閣下は執務のために『三重結界』を起動しました」


 ガイルは指を折りながら説明する。


「第一に、物理遮断結界。壁抜けや物理的な侵入を拒絶します。第二に、魔法遮断結界。外部からの呪いや攻撃魔法を無効化します。そして第三に、空間固定結界。転移魔法テレポートによる侵入さえも防ぎます」


 それは、この国で考えうる最強のセキュリティシステムだ。


「結界管理室のログを確認しましたが、今朝八時に秘書が発見して解除するまで、入退室の記録はゼロです。結界に干渉した形跡すらありません」

「なるほど」

「つまり、犯人は入ることも、出ることも、外から攻撃することも不可能。密室の中で老人が一人で死んでいた。……これが病死でなくて何だと言うのです?」


 ガイルの論理は、魔法使いとしては完璧だった。

 魔法で守られた部屋に、魔法的な侵入痕跡がない。ならば、それは自然死である。


 だが、スカーレットは冷ややかに言い放った。


「教科書通りの素晴らしい密室ですね。――遺体が『殺された』と叫んでいなければ、私も信じたかもしれません」


 彼女は躊躇なく遺体のそばに跪き、白手袋をはめた手で、老人のまぶたを強引にこじ開けた。


「き、貴様! 何をする! 魔導卿の御遺体だぞ!」

「ガイル殿。貴方はこの目を見て、本気で『安らかな病死』だと思いますか?」


 スカーレットに指し示された遺体の瞳。

 それを見たガイルが、言葉を詰まらせる。


「瞳孔が……」

「ええ。針の穴のように収縮しています。『縮瞳ピンポイント・ピューピル』です」


 スカーレットは矢継ぎ早に指摘していく。


「白目は充血し、口元には拭き取られた泡状の唾液の跡。そして、下半身を見てください。……失禁しています」

「そ、それは死後硬直が解ければ……」

「いいえ。これらは心不全の症状ではありません。副交感神経が異常興奮し、自律神経が暴走した際の典型的な反応です」


 彼女は立ち上がり、断言した。


「呼吸ができなくなり、意識があるまま筋肉が痙攣し、窒息する。……これは『神経毒』による中毒死です」


 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。

 レオンハルトが鋭い視線をガイルに向ける。


「聞いたか、ガイル。毒殺だそうだ」

「ば、馬鹿な!」


 ガイルは顔を赤くして反論した。プライドを傷つけられたエリートの顔だ。


「毒だと!? あり得ん! 『毒探知魔法』は最高レベルでかけた! 反応はなかったのだぞ!」

「……」

「魔法が『無毒』と判定したなら、それは無毒なんだ! 魔力のない女が、適当な医学用語を並べて捜査を撹乱するな!」


 魔法至上主義。

 魔法こそが世界の真理であり、魔法で検知できないものは存在しない。

 それが彼らの常識であり、限界だった。


 スカーレットは、憐れむような目でガイルを見つめた。


「……貴方たちの定義する『毒』とは、魔力を込めて精製された『ポーション』や『呪物』のことでしょう?」

「当然だ。人を殺せるほどの猛毒、魔力が込められていないはずがない」

「だから、探知魔法は『魔力の波長マナ』を探すように作られている」


 スカーレットは溜息をつく。


「ですが、自然界には『魔力を一切持たない猛毒』が五万とあります。フグ毒、ボツリヌス菌、そして植物由来のアルカロイド……」

「な、なんだそれは……?」

「貴方たちの自慢のセンサーは、高性能すぎて『泥団子』を探知できないようですね。犯人はそれを知っていた」


 ガイルが呆然とする中、スカーレットは机の上に置かれた「ワイングラス」を手に取った。

 底には、飲み残された赤ワインが数センチほどおりのように残っている。


「証拠なら、ここにあります」


 スカーレットはグラスを窓からの光にかざした。

 そして、ユニークスキル【微細構造解析】を発動させる。

 視界が拡大され、ワインの赤い液体の中に浮遊する、微細な粒子が映し出される。


(……見つけた。植物細胞の破片。細胞壁の形状からして、やはりトリカブト)


 彼女はグラスを下ろし、レオンハルトに振り返った。


「殿下。この遺体と証拠品、全て『第零班』で預かります」

「なっ!? 勝手なことを!」


 ガイルが掴みかかろうとするが、レオンハルトがその前に立ちはだかった。

 王子の全身から放たれる威圧感に、ガイルがたじろぐ。


「……ガイル。俺はこの部屋に入った時から、違和感を持っていた」

「で、殿下……?」

「俺の部下が『毒だ』と言った。ならば毒だ。魔法省には荷が重すぎる」


 レオンハルトは冷徹に言い放った。


「なにせ、お前たちの自慢の魔法が通用しない、『見えない毒』と戦う相手なのだからな」


 スカーレットは往診鞄を開き、遺体と証拠品の保全準備を始める。

 完全犯罪の皮を被った密室殺人。

 そのメッキが、今、科学のメスによって剥がされようとしていた。

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