第14話:最初の事件、あるいは「見えない毒」の予兆
「仕事だ、スカーレット。……被害者は、『魔導卿』ヴァルド公爵」
その名を聞き、スカーレットの片眉が跳ね上がった。
ヴァルド公爵。魔法省のトップにして、このルミナス王国で最も偉大な魔法使いと称される老人。
いわば、この国の「魔法至上主義」の象徴とも言える人物だ。
「大物ですね。死因は?」
「不明だ。だが、状況が最悪だ」
レオンハルトは、噛み締めるように告げた。
「現場は王宮東棟、最上階にある公爵の執務室。発見時、部屋には『最高硬度の防御結界』が張られていた」
「結界、ですか」
「ああ。物理的な侵入はもちろん、毒の霧も、空間転移による干渉さえも遮断する絶対領域だ。起動中は、空気の循環以外、塵一つ通さない」
スカーレットの脳内で、パズルのピースが組み上がり始める。
外部からの干渉を拒絶する結界。
その内部で起きた、権力者の死。
「そして、結界の中には死体以外、誰もいなかった」
「なるほど。教科書通りの『密室』ですね」
スカーレットは口元に手を当て、思考を走らせる。
魔法が実在するこの世界において、密室の定義は現代日本とは異なる。「壁抜け」や「遠隔操作」ができるからだ。
だが、「対魔法・対転移結界」が張られていたとなれば話は別だ。それは、魔法というジョーカーを封じた、純粋な論理的密室となる。
「それで? 警察の見解は?」
「魔法警察の速報では、『結界破りの痕跡なし』『室内に潜伏者なし』。そして遺体からの『毒魔法・呪詛の反応なし』」
「……」
「よって――過労による急性心不全。つまり『病死』だと」
それを聞いた瞬間。
スカーレットは、鼻で笑った。
嘲笑ではない。獲物を見つけた捕食者の、獰猛な笑みだ。
「病死? ……傑作ですね」
彼女は立ち上がり、白衣の襟を正した。
「国の重鎮が、最高セキュリティの密室で、誰にも看取られず、都合よく心臓を止める確率……。天文学的な数字ですよ」
「やはり、殺しか」
「十中八九。魔法使いは『見えないもの』を『ないもの』と定義する悪い癖があります」
スカーレットは、常々感じていた。
この国の捜査は、魔力という「目に見える光」に頼りすぎている。だからこそ、光の当たらない「闇(物理現象)」に潜む悪意を見落とすのだ。
「レイブン」
「はい、お嬢様」
影から現れた侍女が、無言で革製の鞄を差し出した。
スカーレット愛用の「往診鞄」。中にはメス、採血管、手袋、そして数種類の試薬が詰め込まれている。
スカーレットはそれを受け取り、ずしりとした重みを確かめた。
「行きましょう、殿下。魔法が通じない『完全密室』……。私の科学で、こじ開け甲斐がありそうです」
「……不謹慎な奴だ。人が死んでいるんだぞ」
「死者への最大の敬意は、真実を暴くことですわ」
二人は薄暗い地下室を出て、地上へと続く螺旋階段を登り始めた。
カビ臭い空気から、徐々に地上の「清浄すぎる(不自然な)空気」へと変わっていく。
光が近づくにつれ、レオンハルトの表情が厳しくなる。
「覚悟しておけよ。相手は魔法省のエリートたちだ。我々『ゴミ拾い班』が現場に介入すれば、鼻で笑われるぞ」
「構いません」
スカーレットは、階段の先にある重い扉に手をかけた。
その瞳は、一点の曇りもなく澄み渡っている。
「誰に笑われようと関係ありません。最後に笑うのは、事実を掴んだ人間だけですから」
ギィィ……。
扉が開く。
溢れ出す光の中へ、変人令嬢と苦労人王子、そして最強の従者が踏み出した。




